「裸の王様」「オーパ!」「ベトナム戦記」など数々の作品を残した開高健(1930~89)。週刊朝日で連載した「ずばり東京」は、現代でも色あせない輝きを放つルポルタージュだ。
連載開始から57年後、令和2年夏。コロナ禍で五輪は延期されたが、東京の街はまた大きく変わりつつある。57年間で東京は南に領地を広げ、今そこに東京五輪のための新たな会場施設が次々と建設されている。コロナ禍で、人々も「新しい生活様式」に取り組んでいる。
開高は「ずばり東京」の連載第1回で日本橋をこう描いた。
<いまの東京の日本橋をわたって心の解放をおぼえる人があるだろうか。ここには“空”も“水”もない。広大さもなければ流転もない。あるのは、よどんだまっ黒の廃液と、頭の上からのしかかってくる鉄骨むきだしの高速道路である。都市の必要のためにこの橋は橋ではなくなったようである>
その日本橋周辺は現在、国家戦略特区の都市再生プロジェクトに位置付けられている。多くの再開発計画が立ち上がり、新しいまちづくりが始まろうとしているなか、進められているのが首都高速の地下化である。首都高速道路の計画では、地下化されるのはまさに「ずばり日本橋」だ。
「開通から半世紀以上が経過した日本橋川上空の首都高速道路は、現在も1日あたり約10万台の自動車が走行する過酷な使用状況にあるため、構造物の損傷が激しく、更新が必要となっています。都心部の交通を支える首都高速道路を次世代につなぐため、地下化事業とあわせて、構造物の更新を図る目的があります」(首都高速道路広報)
今年4月30日に都市計画事業の認可を受け、地下ルートが2035年度完成予定。その後、現在の高架橋撤去が40年度に完了する計画となっている。総工費3200億円の大事業となる。
57年前の首都高建設も大事業には違いないが、五輪に間に合わせるための“突貫工事”だった。日本橋の景観や住人の思いは後回しだった。