えさを食べる牛 ※写真はイメージです (c)朝日新聞社
えさを食べる牛 ※写真はイメージです (c)朝日新聞社

 抗生物質耐性菌は年間300万人近くの米国人が感染、20万人以上が入院、3万5千人以上の死者を出す……。米国疾病対策センター(CDC)のリポート「抗生物質耐性菌の脅威2019」の衝撃的内容の一部だ。日本にとっても対岸の火事ではない。愛知大学名誉教授・高橋五郎氏が抗生物質耐性菌の脅威を解説する。

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 抗生物質(抗菌剤を含む)は、結核菌やボツリヌス菌、サルモネラ菌などを殺してくれる人類の「味方」であり「救世主」だが、皮肉にもその一部は最悪の「敵」へと寝返り始めた。耐性菌の怖いところは、別の「健康な」細菌に感染し、悪質な耐性菌全体を増やし続けることだ。

 耐性菌に感染し、日本でも年間8千人以上が死亡している(本誌2月28日号から)。抗生物質の多用による耐性菌被害に、次のようなポイントを踏まえると、冒頭に示した米国の死者数がひとごとでなく、8千人では済まない恐れがある。

 (1)米国では抗生物質の70%は畜産物・魚介類向けだが、日本でも大差はない(ペット用はごく少量)。(2)「救世主」がどうして裏切ったのか? それは、抗生物質が人畜共通の危険な細菌に効く点にカギがある。(3)耐性菌は減らそうにも、その代わりがなく、危険な細菌が増え続けてもいる。

 世界保健機関(WHO)が警鐘を鳴らす中、抗生物質の販売量は増えている。

 日本では主に畜産物用(魚介類を含む)の抗生物質の国内販売が2008年の191億円(782トン)から、18年には255億円(824トン)へと増加(農林水産省動物医薬品検査所から)。米国では、15年における畜産物用の抗生物質の販売量が9702トンにのぼり、09年から2千トンも増えた(米国食品医薬品局から)。

 家畜経由の抗生物質の何が脅威なのか? 次の3点にまとめられよう。

 (1)農業分野で複数の抗生物質が効かなくなる細菌(多剤耐性菌)が増えたこと。これが家畜や精肉、内臓、魚介類、水、土壌に拡散し、人体に感染し始めた。獣医行為(注射、経口)で抗生物質の使用が増えたことが背景にある。

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高橋五郎

高橋五郎

高橋五郎(たかはし・ごろう) 1948年新潟県生まれ。農学博士(千葉大学)。愛知大学名誉教授・同大国際中国学研究センターフェロー。中国経済経営学会名誉会員。専門分野は中国・アジアの食料・農業問題、世界の飢餓問題。主な著書に『農民も土も水も悲惨な中国農業』2009年(朝日新書)、『新型世界食料危機の時代』2011年(論創社)、『日中食品汚染』2014年(文春新書)、『デジタル食品の恐怖』2016年(新潮新書)、『中国が世界を牛耳る100の分野』2022年(光文社新書)など。

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