「『日本には犬やを殺すアウシュビッツがあるんだろ?』と言われたのです。行政によって捨て犬や猫が殺処分されていることは知っていましたが、彼の言葉を受け止め、考えました。一人に何ができるかはわかりませんが、その時から“殺処分ゼロ”を目標と掲げることにしました」(大木さん)

 アメリカではもう一つの出合いがあった。それがセラピードッグだった。アメリカの医療現場では、犬などの動物を介在させることで治療を行う「動物介在療法」が実践されており、大木さんはそこに大きな可能性を感じた。

 そして、訓練カリキュラムを独自に考案し、アメリカからセラピードッグも連れ帰った大木さん。しかし、理解を得るのは難しく、苦労の連続だったという。

 92年、大木さんは殺処分寸前の捨て犬・チロリを救い出す。その時、チロリを訓練してみようと考えた。

「雑種の捨て犬にどこまでできるかは一種の賭け。でもチロリは合格まで2年半はかかるカリキュラムを半年で修了。現場では人に寄り添って生きる力を引き出し、言葉や手足の機能回復を助けたんです」(同)

 チロリの活躍は注目を集め、セラピードッグの存在を広く知らしめた。同協会にとっても大きなターニングポイントとなった。

 殺処分寸前の捨て犬たちは、人への不信感から常に怯えている。そんなマイナスの状態から、スタッフが寝食を共にして犬に寄り添い、時間をかけて訓練をしていく。それが捨て犬たちの命をつなぎ、新たな活躍の場を与えることになる。

「なんで雑種の捨て犬がセラピードッグになれるの?と聞かれるのですが、捨てられたり、虐待されたりした経験から心の痛みを知っているからだと思うんです。そんな犬たちによる無償の愛が、人々の心身をケアするのでしょう」(同)

 同協会がこれまで救出した犬は260頭以上、うち92頭をセラピードッグに育て上げた。また、東日本大震災で家族を失った被災犬や、福島県内で被曝した犬、昨年に日本各地で起こった水害により、家族や家を失った被災犬にも手を差し伸べている。

「犬は邪心がなく、けなげで愛情豊か。人への信頼を取り戻し、訓練を経て技術を身に付けた犬たちは、社会に貢献する立派な犬へと生まれ変われます」(同)

 約40年前に年間約109万頭だった犬猫の殺処分数は、2018年には約3万8千頭にまで減ったが、「ゼロ」ではない(環境省統計資料から)。

 大木さんの「日本から殺処分をなくす」という目標は揺らぐことはない。急増するセラピードッグのニーズに対応したいが、訓練には時間とお金がかかり、ハンドラーの絶対的な不足という問題も抱えている。

「命あるものはみな幸せになる権利があります。犬たちに活躍の場を作り、それで救われる人たちを増やすために、これからも活動を続けていきます」(同)

(ライター・吉川明子)

週刊朝日  2020年2月14日号