手塚治虫文化賞の贈呈式会場に展示された有間しのぶさんのイラスト。右端の一枚は作中に登場する“ジルバママ”
手塚治虫文化賞の贈呈式会場に展示された有間しのぶさんのイラスト。右端の一枚は作中に登場する“ジルバママ”
「月刊コミックビーム」で始まる有間しのぶさんの新連載『伽(とぎ)と遊撃』予告カット
「月刊コミックビーム」で始まる有間しのぶさんの新連載『伽(とぎ)と遊撃』予告カット
有間しのぶさんのサイン入りパネル。両手に花束を持っているのが主人公”アララ”こと笛吹新
有間しのぶさんのサイン入りパネル。両手に花束を持っているのが主人公”アララ”こと笛吹新
『その女、ジルバ』の第1巻の書影
『その女、ジルバ』の第1巻の書影
手塚治虫文化賞のロゴマーク
手塚治虫文化賞のロゴマーク

 2019年を振り返ると、いろいろな小説や漫画などが話題になった。今回紹介したいのは19年6月に第23回手塚治虫文化賞のマンガ大賞を受賞し、専門家も絶賛した傑作『その女、ジルバ』(有間しのぶ、小学館、全5巻)。

「笑えて、泣ける」
「何度も読み返したくなる」

 2018年に完結した作品だが、単行本は売れ続けていて、こんな感想がネット上でいまも書き込まれている。

 タイトル名からは内容をすぐには想像しにくいが、現在の日本を舞台に戦中戦後の日本やブラジルとも地続きの女性たちの人生を描く。作者の有間さんが本誌に寄せてくれたコメントなどをもとに、魅力を探っていこう。

 物語は、電車内で主人公の女性が回想しているシーンから始まる。
「先月で40歳になった――」
「何も持たないままとうとうこんな年齢に」

 彼氏なし、閑職の笛吹新(うすいあらた)は、人生に疑問や不安を感じている。仕事帰りにホステス募集の求人広告を偶然見つけ、飛び込んだお店には元ダンサーの高齢女性がそろっていた。新米ホステス「アララ」として働き始めた主人公は、先輩たちが語る店の歴史や、ブラジルの日系移民だった初代ママ「ジルバ」の壮絶な人生に触れる。やがて、自分を見つめ直し、新たな人生を歩み始める――。こんな壮大なストーリーで、2011年から7年間にわたり、「ビッグコミックオリジナル増刊号」に連載された。

 手塚治虫文化賞の選考委員は次のように高く評価している。
「ほんわかとした絵柄で老人たちが織りなすコメディーで始まり、壮大な国境を超えた戦争の歴史に差しかかっていく。それでいて5巻という凝縮された内容」(女優の杏さん)

「人と人とのつながりを丁寧に描いている。その丁寧さを生み出しているのは作者の誠実で優しい視線だ。背景に戦争があり、国策があり、戦後の社会の混乱とエネルギーがあり、『今』の大切さを愛(いと)おしむ人々が織りなす絆と命のドラマだ」(漫画家の里中満智子さん)

 最も優れた作品に贈られるマンガ大賞に選ばれたことを、有間さんはこう喜ぶ。

「子供の頃から手塚治虫作品がリアルタイムの連載で身近にたくさんある、とても幸せな環境でした。好きな作品は数え切れなくて、その名を冠した賞をいただけて夢のようです。手塚作品は何度読み返しても本当に面白くて、キャラクターは生き生きして色っぽい。生きている間にこんな表現に近づけたらと思います。賞をいただけて、どんな話でも物語になり、読んでもらうことができるのだと、帆に風を受けた気持ちです。描きたい、書きたい話はたくさんあるので、これからも表現し続けていきたい」

次のページ
「ジルバ」につながったのは、ちょっと発音が似た「ゾルバ」