開高健“没後30年” 芥川賞受賞後にルポを書き始めたワケ 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

AERA dot.

開高健“没後30年” 芥川賞受賞後にルポを書き始めたワケ

このエントリーをはてなブックマークに追加
週刊朝日
釣りをしている様子のCMが流れるなどしたため、開高健=釣りというイメージがある読者も多いかもしれない。連載「もっと広く!」から (撮影/水村 孝) (c)朝日新聞社

釣りをしている様子のCMが流れるなどしたため、開高健=釣りというイメージがある読者も多いかもしれない。連載「もっと広く!」から (撮影/水村 孝) (c)朝日新聞社

 1989年12月9日に死去した開高健は、芥川賞を受賞した直後の若き頃、先輩作家に「小説だけでなく、ルポを書きなさい」と助言を受けた。それに導かれるように、33歳頃から本誌に、「ずばり東京」「ずばり海外版」「もっと遠く!」「もっと広く!」と精力的にルポの執筆をした。

【写真特集】没後30年 週刊朝日で広げられた開高健の地図

 作家の開高健が永眠して、この12月9日で30年になる。生前、開高は「週刊朝日」に画期的な連載を何本も執筆した。

 中でも1964年から65年にかけて南ベトナム軍に従軍して書いたルポは、本人が「死を覚悟した」と語るほど危険な状況で書かれ、現在まで読み継がれている。

 64年頃の東京をテーマにした連載が、「ずばり東京」だ。高度成長が孕(はら)む都市の矛盾を、様々な文体を駆使して表現した。79~80年に南北アメリカ大陸を旅した記録、「もっと遠く!」「もっと広く!」は、「釣り」を通して人と自然に触れ、世界の表と裏を伝えた。(本誌・文/工藤早春)

■「もっと遠く!」「もっと広く!」(1980~1981年)
南北アメリカ大陸縦断の旅の記録。紀行文として、また、すぐれた文明批評として名高い。

■「ずばり東京」(1963~1964年)
今から55年前、日本で初めて開催されるオリンピックを前に、刻々と表情を変えていく東京を活写。

■「ずばり海外版」(1965年)
ベトナム戦争中のジャングル戦を取材。死を覚悟し、同行したカメラマンとお互いに撮影をしたこともあった。

週刊朝日  2019年12月20日号


トップにもどる 週刊朝日記事一覧

続きを読む

おすすめの記事おすすめの記事
関連記事関連記事

あわせて読みたい あわせて読みたい