ホン容疑者の自宅も強制捜査されたが本人は不在で、国際指名手配されているという。先鋭的なイメージがつきまとうが、ホン容疑者はいかなる人物なのか。

「正義感から独断専行するタイプのようで、CIAやFBIとは直接的なつながりはないようです」

 そう指摘するのは韓国在住のジャーナリスト、裵淵弘(ベ・ヨンホン)氏だ。ホン容疑者はもともと人権活動家として、米国ではよく知られた存在だという。

「ホン容疑者は1983年生まれの35歳、韓国名はホン・ウトゥムです。親に連れられ、幼少のころにメキシコに移住したそうです。米エール大学に進み、在学中から北朝鮮の人権問題に関わるようになりました。きっかけは『平壌の水槽』という本に衝撃を受けたからだといいます。政治犯強制収容所に入れられ、釈放された後に脱北した姜哲煥(カン・チョルファン)氏の手記ですが、米国でも出版されて話題になったものです。私はこの本の日本語版を翻訳していますから、ちょっと驚きました」

 ホン容疑者は大学卒業後の04年、北朝鮮の人権問題に取り組む市民運動「LiNK(リバティー・イン・ノースコリア)」を設立する。運動は全米に広がり、日本や韓国、フランスなど世界各国にも支部が置かれるようになった。裵氏が続ける。

「LiNKを立ち上げた時、脱北者100人を支援することを目標に掲げていました。当時は、ブッシュ政権で北朝鮮を“悪の枢軸”と呼ぶ一方、脱北者の保護などを定めた北朝鮮人権法を成立させます。反北朝鮮の人権擁護団体への支援もあって、LiNKは急成長したのです。ホン容疑者は、世界的な講演会を主宰する団体『TED(テド)』にも影響力を持つようになり、人権活動家として非常に高い評価を受けていました」

 だが、脱北者支援には困難と危険が伴う。06年には中国から脱北者を脱出させようとして、中国当局に逮捕されたこともある。脱北者支援にとどまらず、しだいに北朝鮮の政権転覆を狙い、臨時政府の樹立を目指すようになる。LiNKを自分の信頼するスタッフに任せ、先鋭的な政治活動に専念するようになった。

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正男暗殺の際の謎の行動