09年、北朝鮮の朝鮮労働党元書記で韓国に亡命した黄長燁(ファン・ジャンヨプ)氏に北朝鮮臨時政府の設立を提案し、首席就任を要請するも、相手にされず一蹴されている。11年から始まった「アラブの春」もホン容疑者に大きな影響を与えたようだ。

「カダフィ政権が瓦解(がかい)したリビアを、北朝鮮崩壊のモデルと考えるようになったのです。臨時政府の首席就任を黄長燁氏に断られ、ホン容疑者が次に白羽の矢を立てたのが、金正男氏だったのです」(裵氏)

 正男氏が暗殺されたのは17年2月13日のことだ。マレーシアのクアラルンプール国際空港で、ベトナム人女性ら2人に猛毒のVXガスを顔に塗られて殺害された。裵氏が説明する。

「正男氏も首席就任など断ったはずです。けれども、ホン容疑者と接触したことが北朝鮮の知るところとなって、殺されてしまったのではないでしょうか。正男氏の暗殺計画が練られ始めたのは16年夏です。そのころ北朝鮮の暗殺グループが、実行犯のベトナム人女性を韓国の済州島へ旅行に連れ出し、テレビ番組の演出だと伝えて安心させているのです。ということは、ホン容疑者が正男氏と会ったのはそれ以前ということになります」

 自由朝鮮は正男氏が暗殺されるとすぐに、中国のマカオに滞在していた漢率(ハンソル)氏ら家族を保護し、第三国に出国させた。

「現在は米ニューヨーク州に暮らしているようです。水面下で米国や中国などの外交的な判断があったはずで、彼らの力だけでできる芸当ではありません。漢率氏の救出に関しては、CIAの関与があったとみるべきでしょう」(同)

 謎の部分は残されているが、ホン容疑者の行動は行き当たりばったりのようにも見える。自由朝鮮は大使館襲撃後、在マレーシア北朝鮮大使館の外壁にハングルで「金正恩打倒」などと落書きした。かと思えば、金日成主席や金正日総書記の肖像画をたたき壊す動画をインターネット上で公開している。稚拙で、どうにも戦略的に行動しているとは思えないのだ。

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北朝鮮の狙いは?