GHQを驚嘆させた今上天皇の若き日々 マッカーサーの元儀仗兵が回顧 (1/4) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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GHQを驚嘆させた今上天皇の若き日々 マッカーサーの元儀仗兵が回顧

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週刊朝日#皇室
マッカーサー氏 (マッカーサー記念館所蔵)

マッカーサー氏 (マッカーサー記念館所蔵)

家庭教師のバイニング夫人(左)と皇太子時代の明仁天皇 (マッカーサー記念館所蔵)

家庭教師のバイニング夫人(左)と皇太子時代の明仁天皇 (マッカーサー記念館所蔵)

GHQを70年前に訪れた際の天皇のサイン (マッカーサー記念館所蔵)

GHQを70年前に訪れた際の天皇のサイン (マッカーサー記念館所蔵)

 4月30日に今上天皇が退位され、皇太子さまが翌5月1日に即位、平成が終わり、令和時代が始まる。今から70年前、少年だった今上天皇はマッカーサー氏と会うため、連合国軍最高司令部(GHQ)を訪れていた。元マッカーサー儀仗兵がその歴史的瞬間を振り返りながら、今上天皇への思いを綴った。ジャーナリストの徳本栄一郎氏が報告する。

【写真】皇太子時代の明仁天皇と家庭教師のバイニング夫人

*  *  *
 新元号の「令和」が発表された今月1日の午後、都内の皇居前広場は、いつものように大勢の観光客で賑わっていた。あいにくの曇り空で、ちょっと肌寒いが、歓声を上げて、宮殿正面の二重橋で記念写真を撮っている。

 その歴史的瞬間に向け準備が進んでいた2月上旬、私に米国のある組織から、一通のメッセージが送られてきた。天皇の退位を控えて儀仗兵隊の想いを綴ったので、ぜひ多くの日本人に伝えてもらいたいという。

「われわれも、あの若い皇太子明仁を覚えている。マッカーサー元帥の元を訪ねた時は、まだティーンエイジャーだったが、彼が父の皇位を継いで30年経ち、今、退位しようとしているとは信じがたい。かつての日本の敵国との和解のため、天皇が払ってきた努力は称賛されるべきである」

 この声明を書いたのは米西海岸のサンディエゴ在住のデイビッド・バレー、87歳。静かな引退生活を送る老人だが、その経歴には特筆すべき項目がある。

 今上天皇がまだ10代の少年だった頃、絶対権力者として君臨した連合国軍最高司令部(GHQ)、その儀仗兵として若いバレーも東京にいたのだ。

 1945年8月の無条件降伏に伴い、わが国は6年8カ月間、連合国による占領下に置かれた。その最高司令官が米陸軍元帥ダグラス・マッカーサーで、天皇や政府を超えた存在として今も人々の記憶に残っている。その彼に付き従って来日したのがマッカーサー儀仗兵隊である。

 儀仗兵隊とはマッカーサーと家族の警護のため、太平洋戦争末期に設立されたエリート部隊で、元々フィリピンで発足したが後に東京に移動した。彼らは24時間体制で、米大使館の自宅とGHQがある日比谷の第一生命ビルを警備し、その大半が20代の若者だった。いわばマッカーサー直属の親衛隊で、当然、忠誠心はずば抜けて高く、元隊員は今でも「アワ・ジェネラル」(われわれの元帥)と呼ぶ。


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