理髪店や美容室以外での施術は従来、原則として認められていなかった。高齢者や障がい者は、各県の条例で特例的に法律違反にならないケースとして扱われていたが、16年4月に規制が緩和された。

 病気やけがなどで美容室に行けない人、認知症や寝たきりの人にもサービスを提供できるようになった。さらに、家族である乳幼児の育児や、重度の要介護状態にある高齢者らの介護を行っている人も対象だ。

 規制緩和を背景に、福祉理美容に参入する美容師や理容師が増え、派遣する民間団体は現在、NPO法人だけでも約50団体ある。それぞれ講座を開いて、人材育成に力を注いでいる。

 広島で16年に発足した「NPO法人全日本福祉理美容協会」は、東日本と西日本に事務局を置き、教育や指導、認定証の発行などをしている。会員組織の形をとり、事務局に電話すれば利用者の一番近くで営業する美容師が紹介され、派遣される。派遣された美容師が定額料金を徴収し、協会は仕事の仲介をする。

 同協会によると、依頼は月平均40~50件。冠婚葬祭に出席する車椅子利用者のお年寄りの着付け、福祉ネイル、亡くなった人の顔や身体をきれいに整えるエンゼルメイクなどもしているという。

 17年に設立された「一般社団法人日本訪問理美容推進協会」は、自立した福祉美容師の育成を掲げる。協会が仕事を紹介するのではなく、自身で顧客を獲得してビジネスとして成立させることに重点を置く。

 代表理事の田村明彦氏は福祉理美容を始めたきっかけを、次のように語る。

「10年前、サロンのお客様から在宅介護中のおばあさんのカットを頼まれ、お客様とケアマネと3人で訪問しました。おばあさんは2年近く髪を切らず、ボサボサの状態。そのせいか、表情は険しく無口で、警戒心が目立ちました。髪を切ってきれいにするにつれ、表情が柔らかくなり、帰り際には『今度いつ来るの?』とまで言われました。在宅介護中の高齢者の現場を初めて知り、訪問美容の力を感じました。そのときからクチコミで紹介頂く方の訪問を始めました」

 田村氏はさまざまな福祉美容団体の講座を受けて技術を身につけた。ただ、それをビジネスにどう結びつけるのか、教えてくれる団体がなかったという。若手の美容師仲間からは「食べていけるの?」「ボランティアだよね」などの反応が多かったそうだ。

 福祉理美容を事業として成り立たせるように苦心する田村氏。頭の痛い課題の一つが、最近の激しい価格競争だ。

「低価格を求める病院や福祉施設が多いのです。それでは美容サービスではなく単なる衛生作業になってしまいます。1~2カ月に1度気持ちをリフレッシュしてもらうサービスなのに、髪を切るだけではもったいない。身だしなみがきれいになれば、出かけたい、だれかに会いたい、などのモチベーションを高齢者に持ってもらいやすくなります」

 女性にとって、きれいになりたいと思う気持ちはいくつになっても変わらないはず。男性だって、孫の前ではこざっぱりとしたおじいちゃんでいたい。

 人を治癒する力は、医療や薬だけではないのだ。(横山渉)

週刊朝日  2019年4月12日号