伊藤:そうなのよ。だけど私は、ジジ専だし(笑)。

林:うちの夫なんか、もう棺桶に片足突っ込んでますよ。

伊藤:それ、「桶専(オケセン)」って言うんですって(笑)。

林:やだぁ(笑)。ところで、(瀬戸内)寂聴先生って、伊藤さんのことすごく好きなのよね。先生、こんな感じだったんだと思う、若いとき。

伊藤:今年から私、「寂聴大学」みたいなのをやろうと思ってるの。先生が尼さんしてようが関係ない。ただ先生の文学だけをやりたいのね。そういうことでもしなかったら文学は残らないと思う。

林:なるほど。

伊藤:さっき「(文学は)消えていくのがおもしろい」と言っておきながら、あがいてるわけなんだけど、やっぱりおもしろいものを伝えていかなきゃいけないと思って、平野啓一郎さんと高橋源一郎さんと尾崎真理子さんとでやろうと言ってます。

林:素晴らしいじゃないですか。先生とは気性もすごく合うんだと思う。

伊藤:私? めっちゃくちゃ合うと思う。私がもっとスケール大きかったらこうだなと思う。私なんて小せえ、小せえと思っちゃいますよ。私、これまでいろんな経験をしてきて、死にそうな思いもしてきて、そのときに文学で生き延びてきたというか。文学が持ってる「人の人生をもう一回なぞる」というか、虚構の力、あるいは創造力、そういうのを読んできたから生きてこられた感じがする。もし文学をやってなかったら18歳のときにも、35歳のときにも、42歳ぐらいのときにも自殺してますよ。

林:まあ……。

伊藤:18歳のときは書き始めてたから何とか(自殺を)逃れてきたし、35歳のときはもうプロだったから書くことで逃れてきたし、42歳のときも書くことで逃れてきたし、みたいなのがあると思いますね。

(構成/本誌・松岡かすみ)

※週刊朝日2019年4月5日号より抜粋