奇跡の復活! スティーヴ・ペリーの新作ソロの“泣きどころ”

連載「知新音故」

小倉エージ週刊朝日#小倉エージ

自分自身がシンガーとして再生する道のりを作品に... (16:00)週刊朝日

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 スティーヴ・ペリーの復活作が話題を呼んでいる。世界同時に10月に発売された24年ぶりのソロ・アルバム『トレイシズ』は、全米アルバム・チャートで初登場6位に。ジャーニー時代には何枚ものトップ10アルバムを生んできたが、ソロ作としては初の快挙だ。日本でもオリコンの洋楽チャートで初登場2位を記録した。ハイ・トーン・ヴォイスは健在で“奇跡の復活”との呼び声も高い。“泣きのバラード”も収録され、実際、本作の背景には泣ける話もあった。

【24年ぶりのソロ・アルバム『トレイシズ』のジャケットこちら】

 スティーヴがジャーニーの2代目のヴォーカリストとして起用されたのは1977年。インストゥルメンタル主体のプログレ系ハードロック・バンドとしてスタートしたジャーニーは、商業的な成功に恵まれず、ヴォーカリストを迎えてハード・ロック・バンドへとシフトしたのだった。

 スティーヴを迎えてからは「ラヴィン、タッチン、スクウィージン」をきっかけに相次いでヒットを放ち、ベスト・セラー・アルバムを生んできた。「ドント・ストップ・ビリーヴィン」や「オープン・アームズ」のヒットを生んだ『エスケイプ』(81年)は全米1位となり、全世界で1千万枚を売り上げた。

 84年からはソロ活動も開始し「Oh、シェリー」などのヒットを放ち、USAフォー・アフリカの「ウィー・アー・ザ・ワールド」にも参加している。

 87年、心労によりジャーニーを脱退。しばし表舞台から遠ざかり、94年にソロ2作目『ストレンジ・メディスン』を発表し、96年にはジャーニーの再結成アルバム『トライアル・バイ・ファイアー』に参加した。だが、退行性骨関節疾患を患い、ツアーへの参加が困難になったとして再び脱退。長く活動を休止していた。

 音楽への情熱を失い、引きこもり状態になっていたと後に明らかにしている。活動休止後、「ドント・ストップ・ビリーヴィン」をフィーチャーした映画『モンスター』(2003年)の監督を通じた縁で、乳がんを患っていた心理学者ケリー・ナッシュと11年に恋仲になった。ケリーは翌年に亡くなる。

 ケリーは生前、スティーヴにこう言った。

“もし何かが起こっても、二度と引きこもらないと約束して”

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