(イラスト/阿部結)
(イラスト/阿部結)

 SNSで「売文で糊口をしのぐ大センセイ」と呼ばれるノンフィクション作家・山田清機さんの『週刊朝日』連載、『大センセイの大魂嘆(だいこんたん)!』。今回のテーマは「父の教え」。

*  *  *

 父親に教えてもらったことって何だろうとツラツラ考えていたら、そのほとんどが具体的なことであるのに気づいた。

 最初に思い出したのは、自分で髭を剃るようになったときに、

「カミソリは縦に引くものだ。横に引くと血が出るぞ」

 と教えられたことだ。

 父は刃物が好きで、包丁を研ぐのもうまかった。

「いいか、菜っ切り包丁は軟鉄に硬い鋼を貼りつけてある。軟鉄の側を丹念に研いだら、鋼の側は軽く研ぐだけでいい」

 荒砥、中砥、仕上砥の使い分け。鎌の研ぎ方、鋸の目立て、曲がった釘の伸ばし方など、父の教えの大半は刃物と大工仕事にまつわることで占められていた。

「西洋の鋸は押して切るが、日本の鋸は引いて切る。腕力が違うからだ」

 ウソかホントかわからないが、大工仕事をしているときの父の得意なフレーズだった。

 手伝いを命じられて、太陽を背にして立つと、

「明かり先にはバカが立つ」

 とすかさず指摘されたものである。

 地方の出身で軍国少年だった父は、おそらく郷土愛や愛国心といったものも刷り込みたかったに違いない。

 大センセイが自然とそうしたものを身につけるよう仕向けていたフシはあったが、なぜか、面と向かって故郷や国を愛せと言われたことは一度もなかった。

 息子に思想信条、生き方の押しつけをしなかったのは、父がそれなりに理知的な人間だったからなのか、それとも、息子に対してさしたる思い入れがなかっただけなのか、いまとなっては確かめようがない。

 いつのことだったか、仕事がうまくいかなかった時期に、父に食ってかかったことがあった。

「親父はさ、サラリーマンとして、どんな仕事をやってきたわけ?」
「まあ、たいした仕事はしてないな」

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山田清機

山田清機

山田清機(やまだ・せいき)/ノンフィクション作家。1963年生まれ。早稲田大学卒業。鉄鋼メーカー、出版社勤務を経て独立。著書に『東京タクシードライバー』(第13回新潮ドキュメント賞候補)、『東京湾岸畸人伝』。SNSでは「売文で糊口をしのぐ大センセイ」と呼ばれている

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