1980年代初頭、真矢ミキさんは失意のどん底にいた。宝塚歌劇団に入団して2年目、あらゆるオーディションに落ち続け、このまま続けるべきか、辞めるべきかで悩んでいた。
「音楽学校時代から成績も悪く、劣等生だった私が、その苦しさから脱却するヒントが欲しくて、単身ニューヨークに渡ったんです」
ブロードウェイで最初に観たのが「コーラスライン」だった。“アンサンブル”と呼ばれるバックダンサーたちの物語を生で体感し、雷に打たれたようなショックを受ける。
「オーディションを受ける人たちは、年齢も体形もバラバラで、人種も宗教も関係なく、ただ“熱意”だけを試される。誰に熱意があって、どんな夢を持っているかだけが重要。それが私の中で響いたんです。私にだって熱意はある。日本に帰ったらまだ頑張れる。そう確信できました」
どんな分野であれ、人の“才能”と出会うことが好きだという。
「昔、『人の才能を見ていると、恋愛以上にワクワクする』って友人に話したら、『微妙』って言われました(笑)。もちろん、夫との恋愛中もすごくワクワクしましたよ! でも、未知なる才能や熱意との出会いは、それとは違うガツンとした刺激なので。私は、俳優業を本業としながら、朝の情報番組にも出演させていただいています。『そんな暇があったら、本業にもっと注力したら?』なんて言われることもありますが、いろんな人の人生に出会うことが好きで好きで(笑)。宝塚のような確立した世界に長く身を置いていたせいか、異文化交流から刺激を得ることが、楽しくて仕方がないんです」