■浮草(1959年)


小津監督が松竹の大船撮影所を離れて、老舗大映の東京撮影所で作った映画である。カメラマンも初めて組む、「羅生門」を黒澤明監督と組んで作り、「雨月物語」を溝口健二監督と組んで作り、「炎上」を市川崑監督と組んで作った宮川一夫だ。しかも画面はカラー化されている。元の話は、無声映画時代に松竹で作った「浮草物語」で、それを「大根役者」という題で松竹で再映画化しようとしたがならず、季節や舞台を変えて大映映画として作ったものだ。テーマは「もののあわれ」といったもので、「明治物の古さを持っている」と、小津監督が語っているのも興味深い。若尾文子、京マチ子、中村鴈治郎、川口浩といった大映俳優陣が、顔をそろえている。

あらすじ/小さな港町に旅役者の一団が来た。そこには団長(中村鴈治郎)がかつて関係した女性(杉村春子)がその息子(川口浩)と住んでいた。団長の恋人(京マチ子)は彼らの間を疑って、策を練る……

■東京暮色(1957年)
「晩春」「麥秋」から「東京物語」へと、独自のドラマを完成させるところまできた小津監督が、「早春」とはまた別の、新しい方向への自作の展開を、試みた作品といえよう。有馬稲子という、自分にとっての新しい女優に、ヒロインを演じさせる。彼女の母親役に、山田五十鈴という大ヴェテラン女優を配する。そして原節子や笠智衆その他の常連俳優を周囲にならべる、という布陣である。ここに描かれるのは「東京」の「暮れゆく時の色」である「暮色」なのだ。それは松竹大船調ホーム・ドラマの、「終わりの時を告げる挽歌」でもあったのではないか、と私は思う。ちょっと暗く、そして寂しい、心にしみる挽歌である。

あらすじ/妻と自分の部下が駆け落ちして以来、一人で子どもたちを育ててきた銀行員(笠智衆)。長女(原節子)は夫とうまくいかず、次女(有馬稲子)は男にもてあそばれて妊娠する……(解説/白井佳夫)

白井佳夫
映画評論家。1932年生まれ。68~76年、「キネマ旬報」編集長。2004年、文化庁映画賞を受賞した。

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 小津は1903年に東京に生まれた。いったんは代用教員として働くも、23年に松竹蒲田撮影所入社。27年から監督として作品を撮り始めた。

 53年の「東京物語」は、映画評論家・白井佳夫氏が解説するように、「晩春」「麥秋」の流れを受けた「静かで日本的な人間ドラマ」の頂点。低い位置に据えたカメラで撮る、会話をする2人をそれぞれ真正面から交互に捉える、といった技法もあいまって、特にヨーロッパで高い評価を受けた。英国映画協会は、58年に制定した映画賞・サザーランド杯の第1回受賞者に小津を選定したほどだ。

 7作品で淡々と描かれる家族の姿は、今も変わらず人々の胸に響いてくる。(取材・文/本誌・菊地武顕)

週刊朝日 2018年6月29日号