北原みのり(きたはら・みのり)/1970年生まれ。作家、女性のためのセックスグッズショップ「ラブピースクラブ」代表
北原みのり(きたはら・みのり)/1970年生まれ。作家、女性のためのセックスグッズショップ「ラブピースクラブ」代表
『無差別』に潜む『差別』(※写真はイメージ)
『無差別』に潜む『差別』(※写真はイメージ)

 作家・北原みのり氏が「新幹線殺傷事件」のニュースでもった違和感について、筆をとる。

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 新幹線車内で22歳の男が起こした殺傷事件。ニュースで女性の多い車両だったと聞き、いやな予感がした。案の定ネットではすぐに、のぞみの車内をトンペン(東方神起のファンのこと)たちが、男のいる車両から必死に逃げた様子が伝わってきた。その日、新横浜駅近くの日産スタジアムで、東方神起のライブが行われていたのだ。7万2千人が入る日本最大規模の会場で、3日間連続ライブの2日目だった。

 指定席通路側に座っていた男は、新横浜駅から乗り隣に座った女性を、出発して間もなく無言で切りつけたという。長年にわたり自殺願望を口にし続け、ロープを持ち歩き、事件直前まで数カ月間野宿をし、なたと果物ナイフを持って新幹線に乗り込んだ男。なぜ指定席を選んだのか、いつ犯行を起こすつもりだったのか詳細はわからない。ただ一つ明確なのは、あの日の夜ののぞみには、上下線ともに新横浜駅で大量の女性が乗り込んだことだ。恐らく車内の空気は、新横浜駅で一気に変わっただろう。だいたい新幹線に乗った直後、女たちは賑やかだ。席どこ~? 荷物棚に載せる? おなか空いた! 楽しかった! 私自身がそうだから、とてもよくわかる。しかも東方神起のライブの後だったらなおさら私たちは饒舌で、まとっている空気はひたすら前向きだ。

 東京駅から新横浜駅まで約18分。そこまで沈黙をしていた男に、最後の最後の引き金を引かせたのは何だったのだろう。もしかしたら、女たちの幸せそうな空気、だったのではないか。そんな空想が頭から離れない。男は「誰でもよかった」と言ったという。でも、もし、新横浜から乗ってきたのが屈強な男たちだったら? 隣に座ったのが身体の大きい男だったら? 「無差別」殺人と言われるものにも潜む「差別」がある。そんなことを考えずにはいられないほど、この社会で女でいると、“そんな経験”を無駄に積み重ねてしまう。人混みでわざとぶつかられたり、女どうしでしゃべってると「うるさい」と頭ごなしに怒鳴られたり、もたついているとチッと言われたり。女へのいらつきを当然のようにぶつけてくる男が一定数いることを、肌身で実感する残念さは日常茶飯事だ。

 先日、性差別に関する新聞社の取材で「昭和の感覚をひきずってる男性が多い」と記者が指摘していた。その面も確かにあるが、それでも、平成も30年だ。というか「平成」が「女にフェアだった」ことなんてあるんだろうか。性差別は「昭和の男がやらかす」ことだけでなく、平成が深めてきた今の問題なのではないか。昭和よりも、より洗練され商品化された性差別は、もはや環境のようにある。土曜の夜、好きなスターのコンサート帰りの女たちの華やぎが、男を冷静にさせるどころか、疎外感といらだちを深め暴発させる。その空気が私にはわかる。そんなリスクを孕んだ車両に、私は、今日も乗っているような気持ちになる。それはとても悲しくて、怖い平成の電車だ。

週刊朝日 2018年6月29日号

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北原みのり

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北原みのり(きたはら・みのり)/1970年生まれ。女性のためのセクシュアルグッズショップ「ラブピースクラブ」、シスターフッド出版社「アジュマブックス」の代表

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