こうした苦労の一方で、私立大学歯学部卒業には数千万円かかる。教育投資に対するリターン(報酬)が減り、子どもを後継者にしない歯科医もいる。文部科学省の17年度の集計では、計17ある私立大歯学部のうち、7大学が定員割れだった。

 歯科医療を取り巻く環境は、大きく変わってきた。かつては虫歯の治療や入れ歯づくりが多かったが、最近は虫歯が減った。厚生労働省によると、12歳児の虫歯の数は、1989年に平均4.3本、15年は同0.9本だった。年をとっても自分の歯が多く残る人が増えている。

 虫歯や歯周病の予防、歯の欠損部分に人工歯根を埋めて人工歯冠をつくるインプラントなどが近年増えた。食物をのみ下す嚥下(えんげ)を訪問診療で指導することも当たり前になってきた。

 船井総合研究所の砂川大茂シニア経営コンサルタントのもとには、歯科医院の引き受け手を探してほしいとの相談が寄せられる。大半が高齢の医師。経営を改善したいと訪れる歯科医には、「自由診療も含めた治療情報を患者にきちんと提供し、得意な治療領域を伸ばしたほうがよい」とアドバイスしているという。

 日本では、保険ですべて治療したい患者が多い。ただ、海外を見渡すと、同様な考えの国は韓国など限られており、自由診療の国が目立つ。英国やフィンランド、スウェーデンは20歳前後まで無料で、成人すると自己負担で治療するという。

 日本では、インプラント、審美性に優れたセラミックのかぶせもの、ホワイトニングなど美容的な治療が自由診療になる。保険診療が1~3割の患者負担に対し、自由診療だと全額自己負担。患者の懐には厳しいが、医院経営には潤いをもたらす。

 歯科医院の開業・経営支援をする「DBMコンサルティング」の宮原秀三郎代表は、こう指摘する。

「収入は頭打ちなのに、費用は上がっている。保険診療だけにしがみついていると、赤字経営にならざるを得ない。歯を治療するだけという発想を変えていかないといけない」

 宮原氏によると、歯科医院の患者で自由診療を受けているのは約1割。丁寧に説明すれば、自由診療を受ける人も増えるが、3割ほどが迷う層だという。

 歯科診療所の数は、1月時点で約6万9千(厚生労働省「医療施設動態調査」)。80年は約3万9千、95年は約5万8千だった。コンビニエンスストアの店舗(約5万5千)を上回る施設数が、競争の激しさを物語る。コンビニの来店客と同様に、歯科医院も高齢の患者が増えている。

 高齢者が医療、介護、生活支援のサービスを地域で一体的に受けられるよう、「地域包括ケアシステム」づくりに政府は取り組む。歯科医院も、訪問診療や高齢者の口腔ケアなど住民のかかりつけ医としての機能がより問われる。機能を果たせる医院とそうでない医院とが選別され、生き残り競争はさらに激しくなりそうだ。(本誌・浅井秀樹)

週刊朝日 2018年6月15日号