原一男監督(撮影/鈴木芳果)
原一男監督(撮影/鈴木芳果)

 大阪府の南端、アスベスト(石綿)工場が集中した泉南地域の石綿禍被害者を追った原一男監督の新作ドキュメンタリー映画が話題を呼んでいる。「普通の人」の国を相手取った裁判闘争は、誰の身にも起こる発症リスクを浮き彫りにしている。

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今月公開された「ニッポン国VS泉南石綿村」。「ゆきゆきて、神軍」で知られる原一男監督にとって「全身小説家」から数えても23年ぶりの新作ドキュメンタリーだ。

「時代を映す主人公を探すものの、どこにもいない。映画作りに行き詰まりを感じていたときに、大阪のテレビの人からアスベスト裁判を闘っている人たちを撮らないかと声がかかった。しかし、撮っても撮っても、あまりに普通な人たちなので頭を抱えました」

 原監督といえば旧日本軍の戦争犯罪を追及する奥崎謙三氏や作家の井上光晴氏など「濃厚」な主人公が脳裏に浮かぶ。だが、今回登場するのは市井の「民衆」ばかり。

「映画祭では、今回の映画はやさしいとよく言われます(笑)。『ゆきゆきて、神軍』の奥崎さんのような人を撮ろうとすると、撮影する私もどうしても厳しい顔つきになる。だけど、泉南の原告団の人たちは皆さん本当にやさしいんです。『もっと怒りをあらわにしていいんだ』とカメラを向けながら、じれったくなることは何度もありました」

 上映時間3時間35分(休憩を挟んだ2部構成)。ドキュメンタリー映画としては異例の長さだ。1年前に2時間17分版を完成させたものの「納得がいかず」、1年をかけて再編集。通常、劇場の制約もあり短くなることはあっても倍近くに延びることはない。粘りぬいて決定版にこぎつけた。

「最初に完成した映画を見て『もうちょっと長くてもいいんじゃないですか』と言ってくれた人が一人いたんです。その一言を頼りに、編集の秦岳志さんに『原さんが入れたいシーンは全部入れましょう』と後押ししてもらえた。8年間も撮ってきたんですから、あのシーンを生かしたいというのがたくさんある」

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