空気が張り詰める場面があるかと思えば、遺影を前に「遊びも一切しない。いいご主人だったんですねえ」とうなずく原監督に、しんみり口調だった女性が「いいえ、バクチいっぱいしていました」と長年の夫へのグチをぶちまける。定型でないやりとりが面白い。

「そういうシーンを一つひとつ入れていくと2時間には収まりきらない。残念に思うのは、同じような話は重複を避けて一人にしたいという作り手のエゴイスティックな判断で、ほかにインタビューした人を落としてしまったことです」

 それにしても、これほど「喪」の場面が登場する映画もないだろう。最高裁での原告勝訴に至るまでに21人が他界。インタビュー直後に画像が停止すると、追悼のテロップが映る。

 弔い合戦を思わせるのは、原告団と弁護団が連日、厚生労働省へ大臣との面談交渉に訪れる場面。担当部局外の若い職員が応対に出てきてはダンマリを通す。ある者はオドオド。キャリアが上になるほど能面な顔つき。21日に及ぶものの聞き入れられずに終わる。これほど役人たちの顔をまじまじと映した映画もないだろう。

「現場で撮っていると、とても不思議な感覚にとらわれるんですよね。厚労省側から出てくるのはいつも2人で、原告団は多いときは十数人が駆けつける。しかも責める側なので声をあららげたりする。そうするとカメラ越しに見ていて、だんだん弱いものイジメをしているような感覚に陥る。弱者はアスベスト被害者なのに。そういう微妙な映像の面白さもあるんです」

 連日繰り返される押し問答の中で、客席から失笑が起きる場面がある。

「出てきた官僚が口をそろえ『いま持ち合わせがない』と名刺を出し渋る。持ち合わせがないなんてねぇ、よく言いますよね」

 さらに原告の女性が雨天の霞が関の路上で「パパ。ごめんね」と訴える場面。「そんなにお金が欲しいんか」と反対されながらも夫を説得し原告団に加わった経緯を切々とマイクを使い訴える。国の非情に怒りをあらわにしていたその彼女が最高裁判決確定後にようやく謝罪会見の場に現れた塩崎恭久厚労大臣(当時)に握手されるや「いい人やわ」とほほを緩めてしまう。

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