SNSで「売文で糊口をしのぐ大センセイ」と呼ばれるノンフィクション作家・山田清機の『週刊朝日』連載、『大センセイの大魂嘆(だいこんたん)!』。今回のテーマは「長財布」。

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 お金に縁がないくせに、お金に関する取材はたくさんしたものである。

 おそらく多くの人がお金に興味がある、というか、お金を欲しいと思っているからこそ、雑誌はこぞって「マネー特集」なるものを組むのだろうが、お金とは、身近なわりに正体のよくわからないものである。

 ある識者は、お金は集まりたがるものだと言った。

 だから人生の早い段階で塊を作ってしまうことが肝心で、いったん塊さえ作ってしまえば、その後は自然に集まってくる。お金はお友だちと一緒にいるのが、大好きだからだ。

 また別の識者は、一円玉を拾わない人間はお金持ちにはなれないと言った。

 
 地面に落ちている一円玉を見て、「なんだ一円玉か」と思うか、「おお可哀想に、こんなところに打ち捨てられて」と拾い上げるか、そこが人生の境目。なぜなら、お金には可愛がってくれる人の元に集まる習性があるからだ。

 わが家の妻太郎などは、ジーンズのポケットに千円札を入れたまま洗濯しちゃったりするのだから、まあ、出て行かれる一方なのもむべなるかな、である。

 多くのお金持ちに接する機会がある税理士さんのお金論、いや、お財布論はさすがに迫力があった。

 亀田潤一郎さんとおっしゃったが、お金持ちの人は必ず、長財布を使っているというのだ。これはもう、統計的に見て絶対にそうだというのである。長財布とは、お札を折らずに入れられる細長い財布のことだ。

 一般庶民は、ふたつに折れる小銭入れつきの財布を使っている場合が多い。ポケットに入れやすいし、お札と小銭入れが一体だと支払いもしやすい。

 だが、真のお金持ちはほぼ100%、長財布にお札だけを入れ、小銭は小銭入れに入れているという。

 
 お札は折りたたんだりせずに、なるべく伸び伸びさせてあげた方がいい。居心地のいい財布には、出て行ったお金がすぐに戻ってきてくれるのだ。

 そして驚くべきことに、お財布の所有者の年収は、お財布の値段のほぼ200倍に一致すると亀田さんは言うのである。

 大センセイ、この200倍という数字にやられてしまった。お友だちだの可愛がるだの、抽象的な話ばかり聞かされてきたせいかもしれないが、当時使っていたマジックテープ式のビニール財布の値段を考えると、たしかに! と膝を打ちたい気分であった。

 そこで、柄にもなく、清水の舞台から飛び降りたのだった。

 亀田さんの事務所を後にすると、銀行のATMに直行してウン万円を引き出し、普段なら気後れして絶対に入れない、表参道の有名ブランド店のドアを、えいやっとこじ開けたのである。

 
 シドロモドロになりながら、黒い革製の長財布と揃いの小銭入れを買った。意外だったのはハート形をした小銭入れが、長財布の二倍近くもしたことだ。なんでも、フランスだかイタリアだかの職人さんの手縫いだということであった。

 亀田計算式が正しければ、もう、間違いなく、確実に、お金持ちの仲間入りだ。

 さらば、マジックテープよ!

 ところが、なんたることか、大センセイ、買った直後にお財布を落としてしまったんである。しかも、ハート形の、手縫いの、二倍もする方を……。

 そして、計算式は冷酷にも正しかったのである。ひとり残された長財布にはいま、免許証と保険証と図書館のカードが入っている。

週刊朝日 2018年2月23日号

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山田清機

山田清機

山田清機(やまだ・せいき)/ノンフィクション作家。1963年生まれ。早稲田大学卒業。鉄鋼メーカー、出版社勤務を経て独立。著書に『東京タクシードライバー』(第13回新潮ドキュメント賞候補)、『東京湾岸畸人伝』。SNSでは「売文で糊口をしのぐ大センセイ」と呼ばれている

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