「映画をモノにしたのは黒澤明だけ」木村大作が明かす (2/4) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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「映画をモノにしたのは黒澤明だけ」木村大作が明かす

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木村大作(きむら・だいさく)/1939年、東京都生まれ。58年東宝撮影部入社。73年「野獣狩り」で撮影監督、2009年「劔岳点の記」で映画監督デビュー(撮影/写真部・岸本絢)

木村大作(きむら・だいさく)/1939年、東京都生まれ。58年東宝撮影部入社。73年「野獣狩り」で撮影監督、2009年「劔岳点の記」で映画監督デビュー(撮影/写真部・岸本絢)

「散り椿」は大部分1シーン1カットで撮っています。黒澤流の多重キャメラでね。「椿三十郎」「用心棒」を見習い、そこから発想を得ている。今回「散り椿」を撮るに当たっては、穴が開くほど「椿三十郎」と「用心棒」を見たよ。迷って見ると必ず答えがある。「椿三十郎」の現場は撮影助手でついていた。椿は全部造花なんだけど、老木に花を一つひとつ怒鳴られながらつけたのが、僕なんだ。

 今、時代劇はセットが多いけど、セットにするとどうしてもうそっぽくなってしまう。黒澤さんのすごさの一つがすべて本物をつくってしまうところ。「用心棒」の現場についていたんだけど、宿場町は全部本格建築。宿場町にある道は、西部劇みたいに十何人が道を歩けるように道幅を広くした。実際の宿場町は狭い一本道でも、黒澤さんは映画的に十何人が横に広がって歩いてやってくる姿を見せたい。それも望遠で。だから本物をつくっちゃう。僕の場合は建物は造れないから本物があるところに行って撮影したんだ。「散り椿」はオールロケだよ。

――黒澤監督を見続けてきたことは木村さんのキャリアに何度となく生かされてきた。



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