「教科書から消えてしまった『待ちぼうけ』は、中国の『韓非子五蠹篇』の中にある説話を歌ったもので、漢文に出てきます」

 同じように教科書から消えた「夏は来ぬ」。「来ぬ」の「来(き)」はカ行変格活用動詞の「来(く)」の連用形、「ぬ」は完了の助動詞「ぬ」の終止形だ。子どものころに「夏が来た」という意味だと伝えておくと、古文で習ったときにも理解しやすい。また、中学で英語の現在完了形を学ぶとき、「小さいころ歌ったよね」と、その概念を教えたという。

 理科や社会では、季節や自然を歌った歌詞から、子どもの興味・関心を養うことができた。

「理科の中でも植物系が苦手だったのですが、童謡には助けられました」

 歌詞に出てくる植物を実際に見せるなどして工夫。例えば、佐藤さんの母親が庭にチューリップの球根を植えるとき、子どもたちにも手伝わせ、「チューリップ」の歌詞どおり、赤、白、黄色の順に植えたという。

「虫のこえ」は、マツムシ、鈴虫、コオロギ、ウマオイの声が表されている。

「鈴虫をカゴに入れて、玄関に置くと歌詞のようにきれいな声で鳴いていました。眠れないくらいうるさかったですが(笑)」

 虫の鳴き声については、テストに出たこともあり、子どもたちは心の中で歌いながら問題を解いたそうだ。

 社会の例では、「茶摘み」。歌いながら絵を見せていたので、社会で「静岡はお茶の産地」と習ったときに、「あの歌だね」と言えば、実際に見たことがなくても子どもたちは茶畑をイメージできたという。

 また、童謡のメロディーやリズムが、暗記に役立つこともある。例えば、「アルプス一万尺」。高校生は中国王朝の名前を覚えるのに苦労するが、軽快なメロディーに乗せた「替え歌」があり、子どものころに歌ったおかげですんなり覚えられたという。

 ちなみに童謡ではないが、佐藤家の4人の子どもは九九も歌で身につけた。当時はカセットテープで販売されていた九九の歌があり、それを家族で楽しく合唱しているうちに、3、4歳で覚えてしまったという。

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