「28歳で設計事務所を設立しましたが、最初は仕事なんかまったくなかった。近くに空き地があると、頼まれもしないのに『ここにこんな建物をつくったらどうですか』と提案をしたことも何度かあります」

 安藤さんの事実上のデビュー作は日本建築学会賞をとった「住吉の長屋」。3軒長屋の真ん中を切り取って打ちっ放しコンクリートの箱をはめ込んだシンプルなもの。安藤建築の原点とも言っていい。だが、最初は隣家が傾き倒れかかるなど問題はいくつかあったという。安藤さんは言う。

「失敗したり何か問題が起きたりしても直せばいいんですよ。何度転んでもまた起き上がればいいんです。人生もまったく同じです。私なんか2009年に胆嚢、胆管、十二指腸の合流部にがんが見つかりまして、三つの臓器を全摘しました。これで安心と思っていたら、5年後にまたがんが見つかり、膵臓と脾臓を全摘する手術をしました。内臓にはほとんど臓器がない。それでも仕事にはまったく支障はありません。この話が中国で評判になったのか、中国からの仕事が増えました。安藤さんは奇跡の人だから縁起がいいと言うんですよ。何が幸いするかわからないものですよ」

 そんな大手術を2度も受けた人には見えないが、術後は医者の言うことを聞いて食事はよくかんで時間をかけて食べるなど健康に気をつけている。ジムで週に4日は運動する。食事の前にはインスリンの注射をして、1日6回指先から採血して血糖値を測ることも欠かさないそうだ。

「いまは海外の仕事が増えて、国内3割海外7割くらいかな。韓国、中国、スリランカ、イタリア、フランス、アメリカ……。外国で仕事をする際、技術的な問題は避けて通れません。でも最近では、例えば中国でも、わずか数年で驚くほど技術レベルが向上しています。もちろん日本の建築技術は品質や安全、スケジュール管理の面で世界でもトップクラス。ただ、コストが高いのが難点ですが」

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