ウェブを使った新しいジャーナリズムの実践者として知られるジャーナリストでメディア・アクティビストの津田大介氏。出版業界の人材がWEBメディアに流れている現状を指摘する。

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 4月19日、出版業界の人があっと驚く人事が発表された。糸井重里氏が代表を務め、先月3月16日にジャスダック上場を果たしたばかりの株式会社ほぼ日に、この3月末まで新潮社発行の雑誌「考える人」の編集長を務めていた河野通和氏が入社したのだ。

 新卒で現在の中央公論新社に入って以来、一貫して編集畑を歩き、「婦人公論」や「中央公論」の編集長を経験。その後、新潮社に移って「考える人」の編集長として読み応えのある特集を世に送り出してきた河野氏は、業界で知らない者はいないほど著名だ。そんな大物編集者が紙ではなくウェブメディア──「ほぼ日刊イトイ新聞」に“電撃移籍”したのだ。騒然とするのも無理はない。

「考える人」は「シンプルな暮らし、自分の頭で考える力」をコンセプトに2002年に創刊された季刊誌。ネットを使えば様々な記事がお手軽に無料で読めるこの時代に、読者を思考の海に誘う上質な記事で多くのファンを抱えていた。

 不況にあえぐ雑誌業界において一服の清涼剤とも言うべき存在だったが、2月15日に発行元の新潮社が4月4日発売号での休刊を発表。「雑誌市場が加速度的に縮小する中、季刊誌としての維持が困難になった」と同社は休刊理由を説明している。

 しかし、同誌は「維持が困難になる」ほどの赤字を抱えていたわけではない。ユニクロがスポンサードしており、昨年春に行ったリニューアルも奏功していた。

 河野氏は休刊を伝える朝日新聞の記事で「次世代にこの雑誌を引き継ぎたかっただけに残念のひと言だ」というコメントを寄せている。納得のいかない休刊だったのだろう。休刊号の発売を待たずして、新潮社を去ることとなった。

 河野氏は、自身が入社したことを伝える「ほぼ日」の記事で、長い時間軸で良い記事を作ることの重要性を説いた上で、興味深い指摘をしている。

 
「いま、紙のメディアは減っているし、本屋さんも少なくなってるし、雑誌を買わない人も増えている。(中略)ぼくは雑誌の編集をやってきましたけど、別に、紙に印刷されたものだけに、アウトプットのかたちを限定する必要はないわけです」

 誰よりも紙の力と魅力を知る河野氏が、メディアとしての紙に限界を感じ、ウェブに期待していることがよくわかるコメントだ。上場したばかりのウェブメディアならば、「考える人」で行っていた丁寧なコンテンツ作りが継続できると思ったのかもしれない。

 奇しくも、河野氏のほぼ日入社が発表された翌20日、信頼のおけない情報を垂れ流していたことで昨年末に大バッシングを浴びたDeNAが小学館と提携することが発表された。今後両社はデジタルメディアの運営における編集体制や内容のチェックなど、記事作成の全般について検討を進めるという。

 苦境に陥っている紙のノウハウや人材がウェブメディア業界に取り込まれていく──2017年はその端緒となった年として記憶されるのかもしれない。

週刊朝日  2017年5月5-12日号

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津田大介

津田大介

津田大介(つだ・だいすけ)/1973年生まれ。ジャーナリスト/メディア・アクティビスト。ウェブ上の政治メディア「ポリタス」編集長。ウェブを使った新しいジャーナリズムの実践者として知られる。主な著書に『情報戦争を生き抜く』(朝日新書)

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