ミッツ・マングローブ「ガチなオカマはダメ? ちょうど良い存在のススメ」 (1/2) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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ミッツ・マングローブ「ガチなオカマはダメ? ちょうど良い存在のススメ」

連載「アイドルを性せ!」

スポットライトを浴びる人々には「ちょうど良さ」が大切? (※写真はイメージ)

スポットライトを浴びる人々には「ちょうど良さ」が大切? (※写真はイメージ)

 ドラァグクイーンとしてデビューし、テレビなどで活躍中のミッツ・マングローブさんの本誌連載「アイドルを性(さが)せ」。今回は、「『ちょうど良さ』と『都合良さ』」を取り上げる。

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「帯に短し襷に長し」なんて言葉があるように、古来、世の中は『ちょうど良い』を追い求めてきました。『ちょうど良い』とは、言い換えれば『都合の良い』ということです。カレーの中辛、準急列車、二世帯住宅、七分袖、懐かしいところでは『70分カセットテープ』など。ホテルのランチバイキング的な『二度三度おいしい』お得感への欲求や、ワゴン型軽自動車のような『ただのわがまま』まで、この世の歴史は『ちょうど良さ』の歴史と言っても過言ではありません。

 人は過激で刺激的なものを求める一方で、周囲の目や足並みを思いのほか重んじます。特筆すべき嗜好や体験は、かじる程度にしておかないと、周り近所から変人扱いされる危険性がありますし、毎日辛いものやケバいものに囲まれた環境では胸焼けしてしまう。『間を取る』という行為は、資本主義社会において、『他を出し抜く』よりも大事であり、それよりもっと大事なのは、『間を取りつつ、他より得をする』こと。いわゆる『ハイブリッド精神』です。アラカルトな生き方とでも言いましょうか? オカマを羨ましがる数少ない事柄の中でも、『男と女の気持ち、男と女の快楽を両方知れる』がぶっちぎりなのが良い例です。

 数多のハーフタレントが芸能界で重宝される理由も、そこにあるような気がします。要は、50/50の『ちょうど良さ』が好都合だからです。特に欧米コンプレックスの強い日本では、金髪や青い目に惹かれるものの、直球勝負は気が引ける。故のウエンツ瑛士なのでしょう。『異国情緒』というのは、あくまでドメスティックな環境下が大前提ですから。


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