落語家・春風亭一之輔氏が週刊朝日で連載中のコラム「ああ、それ私よく知ってます。」。今週のお題は、「酒乱」。

*  *  *

 正直、酒癖が悪いです。関係各位にはいつもご迷惑おかけ致しております。

 大学生の時、好んで飲んでたのは赤玉ポートワイン。1本500円しなかったんじゃないかな? 1本完飲すると、翌日頭が割れるように痛くなります。

 あれは大学3年の時。とある老人ホームで落語を披露したギャラの代わりに、高価な大吟醸を頂いたのです。うまかった。落研の部室で後輩と二人で空けてしまい、それで終わりにしとけばよかったのが、つい口から出たのが「いつもの赤玉、買ってこい!」の一言。

 赤玉のやきもちでしょうか? 浮気したバツです。貧乏学生は壊れました。後輩によると、赤玉を半分くらい飲んだ私は、

「たりらりらーんっ!」

 と街に繰り出すと、繁華街の路肩に止めてあったハイエースに体当たりしたそうです。

「なんだこらーっ!」

 と運転席から飛んできたのがダブルのスーツを着たコワモテのお兄さん。キャバクラの送迎車だったそうです。

「俺はゴキゲンだーいっ!」

 逃げようとした私は足がもつれて転び、そこへお兄さんが馬乗りになり、

「何してくれてんだ!」

 との至極まっとうな問い。

「へへ、あのね……おじいちゃん、おばあちゃんの前で落語やってきたの……」

 と、ほほ笑みながら答えたそう。お兄さんは私の後輩に、

「おまわり呼んでこいっ!」

 と命じました。交番に連行されながら「落語やったら捕まりましたー」と繰り返す私。おまわりさんはあきれて「話は後で聴くから!!」。

 
 交番でも事情聴取は成立せず、その間、私はうめき声を発しながら交番のトイレで嘔吐(おうと)したり、寝込んだり。明け方の4時頃、

「そうだ!! 後で聴いてくれるって言いましたよねーっ!!」

 と、おまわりさん相手に「金明竹」という落語の長台詞をまくし立てようとしたが、ほとんど言えずに「寿限無」の名前の言い立てになり、散々だったそう。さらにドヤ顔で感想を求め、

「いーんじゃない?」

 と応えたおまわりさんに、

「お前は何もわかってない(怒)」

 と叫び、古今亭志ん朝師匠の素晴らしさを泣きながら訴えたといいます。

 朝、キャバクラ嬢の送迎を終えたお兄さんが交番に来ました。

「修理代払えばいいから」

 と後輩に連絡先のメモを渡し、帰っていったそうです。私も、後輩に引きずられるようにして帰ったようです。翌々日、後輩がメモを私に突き付け、

「後が怖いですよ! ちゃんと連絡して払ってください!!」

 と言うので、おそるおそる電話すると、

「3万2千円、今から言う口座に振り込んで」

 との返事。O先輩にお金を借り、すぐに振り込みました。後日、お兄さんから電話があり、

「入金確認したよ。これで示談だから。酒には気をつけてね」

 と優しい留守録。

 以上、まったく記憶になく、すべて後輩からの伝聞で事実関係は不明。書ける話はこれくらい。あとは書けないことばかり。

 今思い出しましたがO先輩にまだ3万2千円返してません。ほぼ20年越しですが、これは死ぬまでに返さねば。皆さんもお酒には気をつけて(棒読み)。

週刊朝日 2017年3月17日号

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春風亭一之輔

春風亭一之輔

春風亭一之輔(しゅんぷうてい・いちのすけ)/落語家。1978年、千葉県生まれ。得意ネタは初天神、粗忽の釘、笠碁、欠伸指南など。趣味は程をわきまえた飲酒、映画・芝居鑑賞、徒歩による散策、喫茶店めぐり、洗濯。この連載をまとめたエッセー集『いちのすけのまくら』『まくらが来りて笛を吹く』『まくらの森の満開の下』(朝日新聞出版)が絶賛発売中。ぜひ!

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