「一番最初の内定が電通だったので就活は終わり。けど『出版に行けない……』とちょっと心残りがあったのも事実でした」

 幸美さんはこう振り返る。実は電通と聞いて不安もあったという。ネットなどで調べると、長時間残業や飲み会の強要など激務でブラック企業という情報をいくつも目にした。出版社に未練があったまつりさんに、不安を告げたところ、まつりさんはこう答えた。

「でも年収が高いのでお母さんが定年まで仕事しなくていいように仕送りしたいから」

 子どもの頃、両親が離婚。母子家庭で育ったまつりさんが、母親のことを思いやってのことでもあった。

 15年4月に入社し、ホテルに泊まり込みで研修が始まった。週末も仕事で厳しいが、頑張っている様子をまつりさんは、よく電話で幸美さんに伝えてきた。

 新入社員が班ごとに分かれ実施された研修。CMのアイデアを競い合った。まつりさんの班が制作した飲料メーカーのCMが最優秀賞に選ばれ、後日、ラジオでオンエアされたという。

 そして、まつりさんの配属が東京本社となった。

 5月初め、幸美さんが引っ越したばかりの社員寮に行った時だった。まつりさんはこう自慢げに言った。

「週末も班のメンバーで集まってアイデアを練って頑張ったんだよ。大変だったけどラジオで流れたんだ」

 だが、配属先はデジタル広告の担当。「営業」「クリエーティブ」などを希望していたまつりさん。

「行きたくなかったデジタルだけど、これからは紙よりデジタル。優秀な人が集まる部署だそうでやりがいがあるよ」と、幸美さんには話していた。

 本格的に仕事が始まると、まつりさんは多忙を極めた。仕事に加え上下関係が厳しい社風も、つらいものがあったようだ。

 夜遅くに仕事が終わってから、アイドルのコンサートに新入社員が連れていかれ、スーツ姿でファンの中に入った。その時、先輩から言われたのが、「寝るな」だったという。

「今思えばその頃からもう寝てなかったのでしょうね。入社が1年違うだけで『海より深い』と言われるハードな上下関係も苦痛だったようです」

 そして9月末、まつりさんは、時間をやりくりして、幸美さんと北アルプスの鹿島槍ケ岳へ登山に出掛けた。

「『お母さんが喜ぶから』と一緒に登ってくれました」

 この時も仕事が終わらず新幹線に間に合わず、深夜バスで駆け付けた。山登りの時、まつりさんは、こんな不安を口にした。

「試用期間が終わり本採用になる。今は夜10時までだけど、これからは何時まで働かされるのか怖い」

 幸美さんはこう振り返る。

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