トランプ次期大統領のトヨタ自動車批判に日本国内では「日本企業たたきだ」という声が上がっている。しかし、“伝説のディーラー”と呼ばれた藤巻健史氏は、その反応に疑問を呈する。

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 モルガン銀行時代の同僚たちと、昨年末にミニ忘年会を開いた。部下だったナカガワ君いわく、「議員会館のフジマキさんの部屋にお邪魔したら、大きな本棚に自分の本しか並んでいなかった。こりゃ駄目だ。相変わらず人の意見を聞かないんだと思いましたね~」

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 米国のトランプ次期大統領が5日、メキシコに新工場を建てるトヨタ自動車をツイッターで批判した。日本国内は「日本企業たたきだ」と大騒ぎだ。今月下旬に調整されるだろう日米首脳会談では、日本企業は米経済に貢献できる、と安倍首相が強調する方針という。

 モルガン銀行に15年間勤めた私には、日本の反応はピント外れのように思えてならない。トヨタが慌てるのはともかく、日本人や日本政府がなぜこれほど大騒ぎするのかをトランプ氏は理解できないだろう。米墨間に保護主義的な動きが生じるとはいえ、日本人の雇用が減るわけでも、日系下請け企業の仕事が減るわけでも、日本政府の税収が減るわけでもない。

 トランプ氏は今回、「トヨタが日本企業だから」という理由で圧力をかけたわけではない。空調大手キヤリア、自動車大手フォード・モーターなど米系企業にも同じように圧力をかけた。

 米国人は企業の国籍を気にせず、企業も国籍を変えることに躊躇(ちゅうちょ)ない。会社の持ち主は株主だからで、株主にとって税金等が一番有利な国を選ぶだけの話だ。

 人が生きる術は「自ら働くか、金に働いてもらうか」しかない。だから、米国人にとって企業の国籍は関係なく、雇用の場を提供する企業が“良い企業”。米政府にとっても、米国人を雇い、税金(法人税だけでなく雇用を通じて得られる所得税を含めて)を米政府に払ってくれる企業が“良い企業”になる。他国に工場を建ててそこで従業員を雇い、その国の政府に税金を払うならば、米国籍企業でも米国に貢献しているとは見なさない。だから、米国籍のフォード・モーター等にも圧力をかけた。

 一方、日本は国籍を気にして日本生まれの企業に何となく愛着を持ち、政府も日本企業の利益向上に邁進する。日本人を多く雇っているか否かは、二の次だ。

 トヨタの2015年の生産台数893万台のうち574万台が海外生産。日本人より外国人に、より多くの職を提供し、生活の糧を与えている、といえる。

 日本企業が海外進出するとき、「日本人の職がなくなる」とトランプ氏のように抵抗したリーダーは日本にいただろうか。日本企業の利益確保のため、と逆に推奨したのではないか。

 空洞化は円高が理由だから、と円高を止める努力をしたリーダーがいただろうか。トランプ氏のように自国に外国企業を呼び込み、自国民の職を作り出す努力をしている指導者が日本にいるだろうか。日本への直接投資額の低さから考えると、多くはないはずだ。

 トランプ氏の言葉は確かに過激だが、真理をついた発言もある。今回も「日本企業が大変だ」と騒ぐのではなく、「彼はなぜあんな発言をしたのか」と考えることが大切だろう。

 国籍に関係なく、自国民を雇って自国政府に税金を払う企業が、自国にとって重要。日本政府も考え方を改めなければ、と学ぶことが肝要だ。他人の意見には耳を傾けないといけない。

週刊朝日  2017年1月27日号

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藤巻健史

藤巻健史

藤巻健史(ふじまき・たけし)/1950年、東京都生まれ。モルガン銀行東京支店長などを務めた。主な著書に「吹けば飛ぶよな日本経済」(朝日新聞出版)、新著「日銀破綻」(幻冬舎)も発売中

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