きっかけは、突然の腹痛だった。
3年前の36歳の夏、漫画家の藤河るりさんは台湾への海外旅行のため、成田空港にいた。痛みに耐えきれず倒れ込み、救急車に。一度はおさまったが旅行をとりやめ、精密検査した。
卵巣がんの疑いがあり、手術を勧められる。子宮と卵巣を摘出する恐れに直面し、揺れる心。手術を控えた不安、家族や友人の励まし、術後の抗がん剤治療の副作用、少しずつ仕事へ復帰する喜び……。
こうした闘病体験の漫画『元気になるシカ!』(KADOKAWA)を、藤河さんは9月に出版した。シカは漫画中の主人公、自分のキャラクターだ。作品は正確を期すため、医師の監修も受けた。
藤河さんは言う。
「私自身、治療中に先輩漫画家の闘病記を読み、『この思い、あるある』って、励まされました。入院時、日記をつけるように編集者から勧められました。ただ、自分の病気を漫画で描くのは迷いもあり、背中を押してくれたのは友人でした」
コミックマーケットなどの同人活動で知り合った漫画友達だ。お酒好きで、今は東京・銀座のクラブのママ。気が強く、「魔女」の愛称で漫画に出る。治療が落ち着き、一緒にお酒を飲んだときに一言。
「描かなければ、あんたはその程度の作家ってこと」
がんを患ったうえ、親友のきつい“励まし”の言葉に、一度は「私、呪われてるわ」と思った藤河さん。ただ、他の友達らの励ましもあり、治療中からタブレット端末で描き始めた。
がんの疑いを告知されたシーンは人ごとに思えない。
主治医の話は、「浸潤(がんが広がること)」など専門用語が多く、難解。一通り説明を受けた後、〈なにかわからないことありますか?〉と聞かれたシカは絶望の表情で、〈わからないところがわかりません!〉(漫画より)
藤河さんは「先生は図まで描いて丁寧に説明してくれましたが、わからない。心の中で、現実を理解したくないという気持ちもあったと思います」と振り返る。
治療中は不安に駆られ、がんについてひたすらネット検索することも。図書館で本を探せば、「抗がん剤治療が効く」との本と「効かない」との本が並ぶ。食生活は、肉や野菜がよいという人もよくないという人もいる。正確な知識を得ることの難しさが身にしみた。
抗がん剤で髪が抜け、便秘・下痢・吐き気など副作用にも襲われる。1カ月のうち、1週間ほどは苦しい一方で、残り3週間ほどは体調がよく、友人や家族との生活も取り戻した。