「夜明けのコーヒー」は経験済みだった? ヒット曲で読み解く昭和という時代

2016/09/25 16:00

 68年3位(69年4位)「恋の季節」は、16歳のピンキー(今陽子)が4人の年上のキラーズ(男性ボーカル)を従えて歌った。<夜明けのコーヒーふたりで飲もうと>のフレーズは大流行。当時、ラジオ「セイ!ヤング」の人気DJで、『昭和ヒット曲全147曲の真実』(KADOKAWA)などの著書がある橋本テツヤさんは言う。

「夜明けのコーヒーというのは“朝まで過ごそう”という意味ですが、作詞をした岩谷時子さんがマネジャーをしていた越路吹雪の身に起きた実話。フランス滞在中に現地の青年に口説かれた話が元になっています。ピンキー自身、歌っていたときには夜明けのコーヒーは経験済みだったと、後で教えてくれましたね」

 新たな表現が名曲を生んだ。

 69年1位の「夜明けのスキャット」を歌ったのは由紀さおり。ルルルーというスキャット部が歌のほとんどを占める変わった歌だ。「ラジオ局で由紀さんに、歌詞が少なくて楽だねと言ったら、そうよと笑っていた。もちろん歌唱力が秀逸だからこそ人々の心に響いたのですが」(橋本さん)

 いしだあゆみが歌った「ブルー・ライト・ヨコハマ」も69年のヒット曲。

「ドラマで活躍していたいしださんは、なぜか急に二重瞼がくっきり! 同じ年に『人形の家』をリリースした弘田三枝子も目元が変わり、歌以上に衝撃的でした」(同)

(編集部・藤村かおり、太田サトル)

週刊朝日 2016年9月30日号より抜粋

1 2

あわせて読みたい

  • 無冠の松田聖子にWinkが起こした“事件”… レコード大賞と80年代昭和歌謡

    無冠の松田聖子にWinkが起こした“事件”… レコード大賞と80年代昭和歌謡

    週刊朝日

    9/26

    全国の小学生がカーテンを体に巻いて… あの名曲が小林幸子に与えた影響とは?

    全国の小学生がカーテンを体に巻いて… あの名曲が小林幸子に与えた影響とは?

    週刊朝日

    9/27

  • アイ・ラブ・ユー イエス・アイ・ドゥー

    アイ・ラブ・ユー イエス・アイ・ドゥー

    週刊朝日

    11/10

    由紀さおりが明かした離婚した元夫への想い「私は幼かったのよ」

    由紀さおりが明かした離婚した元夫への想い「私は幼かったのよ」

    週刊朝日

    11/5

  • 宮本浩次と大泉洋が歌謡曲を語る、NHK『SONGS』放送

    宮本浩次と大泉洋が歌謡曲を語る、NHK『SONGS』放送

    Billboard JAPAN

    9/8

この人と一緒に考える

コラムをすべて見る

コメント

カテゴリから探す