町が最初の対策に乗り出したのが1992年だ。5年間かけて212匹のを捕獲し、不妊・去勢手術を施して島内に戻した。

「その後次第に、捕獲器を仕掛けても同じ猫ばかり入るようになり効率が悪いということで、対策はそこで途絶えた。手術できなかった猫の間でまた繁殖して、結局はなんの効果もなかったということになってしまいました」(竹中さん)

 2013年からふたたび捕獲および施術を開始。今度は猫をすべて島外へ出し、飼い主を募集することにした。しかし元はノラ猫だ。ひとを見れば威嚇し、とても飼えるような状態ではない。なので譲渡の前に、人間に馴れるように「馴化」させることから始めた。気が遠くなるほど人数と手間ひまのかかる作業である。けれども「天売猫」に関わるひとたちは、その道を選んだのだ。道内の動物愛護団体や市民ボランティアが猫たちを引き受けた。酪農学園大学や、海鳥センターも参加し、また動物のユニークな展示方法で有名になった旭山動物園でも2匹の猫を引き受けている。

「13年2月から今までに134匹を捕獲しました。そのうち106匹を島から出した。飼い主が決まった猫もたくさんいます。今、島内にノラ猫は50匹程度いるのではないかと見られています」(同前)

 地道に段階を踏みつつ、ことは順調に進んでいるように思われた。しかしここでも壁になったのは、島の住民の理解である。

「多すぎる猫に困ってはいましたが、実際に捕獲されて手術され、島外に連れ出されていくのを見るのは、島の人間にとっていい気持ちのするものではなかったんです」

 こう話す齊藤暢(みつる)さんは、行政と協力して猫問題に取り組む住民代表のひとりである。

 昨年の秋、新しい事態が持ち上がった。ドブネズミによる被害が急に出始めたのだ。農作物やケーブルがかじられ、漁船の投光器から煙が出たこともあった。猫がいなくなったからだ、と、これまで黙っていたひとたちがいい始めた。

 町は、猫の捕獲とドブネズミ増加との因果関係ははっきりしていない、と説明する。しかし古くから、猫がいればネズミは出ない、という。島では「猫のことはもういいじゃないか」という声が大きくなった。

 結局「住民感情に配慮する」という理由で、昨年12月から捕獲を中断。一方でネズミ捕り器の配布など、ネズミ対策を開始した。

「正しく理解されていないんですよ。猫を捕まえて殺していると思っているひともいる。島から出て、その後どうなっているかがなかなか伝わらない。でもこのままうやむやにしてしまってはぜったいにダメなんです。猫の繁殖力は非常に強い。中断したままにしておくと、必ずまた増えてしまう」(前出の齊藤さん)

 行政の担当者らが焦るのもわかる。海鳥の保護は大事だが、住民生活に今すぐ影響が出ることではないし、猫が原因のすべてではない。それより、今までたくさんいた猫がいなくなるのは寂しい。不妊手術など、自然に反することはできればしたくない。そんな「感情」もある意味当然だ。

 それでももう後戻りすることはできない。

 猫を「愛玩動物」と位置づけ、「人間と海鳥と、猫自身にとっての幸せな関係」を目指してここまできた以上、進めていくよりほかに道はないという。

「猫は野生の動物ではないんです。どこかで人間が責任を持たないと」

 齊藤さんが力を込める。天売島の譲渡会はこうした経緯を踏まえて開催された。

「これからも広報活動などでこの問題について地道に発信していきたいと思っています。島の人に理解して、協力してもらわなくては解決しないことですから」(齊藤さん)

 日本でも動物の殺処分をなくしていこうという機運が高まりつつある現在、天売島の取り組みもまた、ひとつの理想的なモデルではないだろうか。

週刊朝日 2016年9月16日号