リオデジャネイロ五輪で行なわれていた「ロボット報道」。ウェブを使った新しいジャーナリズムの実践者として知られる津田大介氏は、今後の報道の在り方について考察する。

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 メダルラッシュで日本中が沸いたリオデジャネイロ五輪が終わった。開催中はメダルの行方を巡って連日世界中のメディアがこのスポーツの祭典を報道したが、実はそのウラで世界でも類を見ない先進的な取り組みが行われていた。ロボット(人工知能)が記事を書き、配信していたのだ。

 世界初の「ロボット報道」を実現したのは米3大紙の一つ、ワシントン・ポスト紙。同社が開発したロボット「Heliograf」は、競技結果や日程など、五輪関連の様々なビッグデータを人工知能を用いて分析し、データを見やすく集計したり、自動的に短い文章の記事を作って速報としてツイッターやブログなどに流したり、自動的に国別メダル獲得数を表示するページを生成するといったことをやっていた。

 ワシントン・ポストは長年の経営不振のため、2013年に米アマゾン社のジェフ・ベゾスCEOに買収された。ベゾス氏は、買収後、アマゾン社の技術陣のリソースを活用して同紙のデジタル化に大きく舵を切り、成功を収めている。そんなアマゾン社が、今最も力を入れている分野の一つが人工知能。同社内には人工知能の技術開発だけで千人規模のチームが編成されているそうだ。世界最高レベルのデジタル技術を報道に惜しみなく投入できることが現在の同紙の好調を支えている。今回のリオ五輪はアマゾン社が開発した人工知能技術を「商品」としてアウトプットする上で絶好の機会だったとも言える。

 人工知能が報道の分野に進出することで、記者の仕事はどう変わるのだろうか。ワシントン・ポストの担当幹部によれば、人工知能が導入されたことで、記者の負担は大きく減ったそうだ。4年前のロンドン五輪では記者たちが毎日12時間競技をチェックして、その結果を「手動」で出稿し、記事を更新していたが、自動化されたことで、記者は競技の裏側や選手のインサイドストーリーを伝えることに集中できた。時間の最適化により人間が行う仕事の質を上げられるのだ。

 
 全国紙や地上波テレビは現在、ストレートニュースを報道するため、大量の人員を雇っている。今回のような「ロボットジャーナリズム」が普及すれば、データ調べや簡単な速報記事の執筆はロボットに任せられる。米国では、政治家のスピーチにどれだけ事実誤認が含まれているかリアルタイムでチェックして報じる「FactCheck.org」というネットジャーナリズムが話題になっているが、今は人間ベースの事実確認作業も、人工知能技術が進化することでロボットが自動的に行えるようになっていくだろう。

 今後は、人間の記者はロボットではできない報道を突き詰める必要がある。その一つは、取材する他者から信頼を得て、隠された事実を話してもらうことだろう。ロボット報道がマスメディアに突きつけているのは、小手先の情報収集に追われることをやめ、報道の原点に戻れということなのかもしれない。

週刊朝日 2016年9月2日号

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津田大介

津田大介

津田大介(つだ・だいすけ)/1973年生まれ。ジャーナリスト/メディア・アクティビスト。ウェブ上の政治メディア「ポリタス」編集長。ウェブを使った新しいジャーナリズムの実践者として知られる。主な著書に『情報戦争を生き抜く』(朝日新書)

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