「エナジードリンク飲んだ?」
「飲んだよ。2本。でも毎日飲んでるから大丈夫。ねえ、かゆいの、どうしたらいい?」
保健室に来るたび注意されているのだろう。エナジードリンクの話をそらしたい様子が見てとれる。
「じんましんも関係あるかもしれないよ」
「ないないない、だって飲み慣れてるもん!」
彼女は「ほら、脚には出てないでしょ」とスカートを下着すれすれに持ち上げた。たまたま来室した同級生の男子がそれを見て「お前、毎日テンション高いな」と呆れたように言う。
確かに彼女は、2カ月前とは別人のようにハイテンションだった。かゆいことも忘れたように、その男子をつかまえて歌うように話しまくる。
「もらった2千円があっという間にエナジードリンクに消えたから。常習性あるから。気をつけて。でも私は金があるかぎり飲み続ける」
男子に「完全に中毒じゃん」と突き放されると、「中毒じゃないもん、なんでそんな嫌なこと言うの」と怒りだした。
養護教諭が間に入った。
「何やっててもそれのことを考えちゃうのは中毒なんだよ」
聞けば彼女は、徹夜するために日付の変わるころに飲むことが常態化しているという。しかし興奮状態になりすぎて、勉強には意識が向かなくなっていた。
養護教諭の話では、この女子だけでなく、受験勉強をきっかけにエナジードリンクを飲み始める生徒が最近よくいるのだという。
大阪の中学校の保健室でも、受験のプレッシャーを親からかけられている3年男子が、学校の宿泊行事にもエナジードリンクを持ち込むほど依存ぎみになっていた。この男子はもともと保健室で脈拍を測るのが好きだったので、ある日やはり脈が異常に速くなっていることに気づいた。それまでは養護教諭が注意しても聞く耳を持たなかったが、米国で14歳の少女の死亡例があることなどを知り、不安になって飲むのをやめたのだという。
先の女子も、養護教諭が担任などに事情を伝え、保護者にも話がいったことで、ようやくエナジードリンクを飲むのを諦めた様子だった。もし保健室で覚知できていなければ、もっと深刻な事態に至っていたかもしれない。
保健室は今、家庭に居場所のない子どもたちの最後の砦になっている。そんな実態を『ルポ保健室 子どもの貧困・虐待・性のリアル』(朝日新書)で紹介した。養護教諭の生徒への接し方には、大人が子どもを尊重し、育んでいくヒントがたくさんある。(ノンフィクションライター・秋山千佳)
※週刊朝日 2016年9月2日号より抜粋