安野光雅「象徴を誰よりも真剣に考えたのは天皇ご自身」思いの丈を語る (1/2) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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安野光雅「象徴を誰よりも真剣に考えたのは天皇ご自身」思いの丈を語る

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週刊朝日#皇室

放映された天皇のお気持ちを聞いて、たぶんたくさんの人がはっとしたにちがいない(※イメージ)

放映された天皇のお気持ちを聞いて、たぶんたくさんの人がはっとしたにちがいない(※イメージ)

皇后美智子さまのうた

安野光雅著

978-4023313019

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『御所の花』や『皇后美智子さまのうた』など皇室ゆかりの著書もある画家の安野光雅さん(90)が、天皇にとっての象徴と自由の意味を語る。

 西に地震があれば出かけ、東に津波が襲うとすぐその慰問に出かけられた。天皇の訪問を受けて、被災した人たちが涙を流す場面にもらい泣きをした。家を建てる大工として行くのでなく、むしろ精神的な祈りの気持ちで行かれるのである。

 天皇に被災地に行かねばならぬという義務はない。それは天皇が宿命のように自分に課した心からなる行いのひとつであろう。他の誰が来てくれるよりも、天皇が来てくれれば、心が休まるらしい。

 追悼式の日にも行かれたが、心臓の手術が終わって退院して一週間後だった。澤地久枝は「まだ骨が繋がっていないと思うのに」といってはらはらした。

 天皇が陸前高田市に行かれ、跪(ひざまず)いて被災した人たちと話されると、それが土地の人を一様に元気づけた。その天皇の行為は、演技ではなく、心から慰問しているのであることが、テレビで見るわれわれにもわかったし、土地の人には、何も言われなくても、天皇の誠意が伝わった。私は、あのお二人に感動し、天皇の誠意に感動する。しかし私は感動だけして、天皇にわれわれと同じ自由がないことに思い至らなかった。

 象徴という言葉も、天皇を束縛した。天皇は生まれながらにしてその(不自由な)世界におられるのだから束縛とまでは思われないのかもしれない、という人もある。

 年を経てつきあいにくい世の中がきた。命は長ければいいということではないような気がする。私の仕事にも定年らしきものがないから、いまも何かをやっている。仕事をする気持ちはあるのだが、「ここらで、ひとやすみするか」と自問自答することが多くなった。

 二〇一六年八月八日午後三時、「天皇のお気持ち」が放映された。

「私も八十を越え、体力の面などから様々な制約を覚えることもあり、ここ数年、天皇としての自らの歩みを振り返るとともに、この先の自分の在り方や務めにつき、思いを致すようになりました」

 と、言われた。


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