「とくに82年は、“花の82年組”という言葉も生まれたくらいアイドルがそろっていました。その中に、初のバイリンガルアイドルとしてうちからデビューした早見優もいます」

 優は日本生まれだが3歳から14歳まで海外(グアム、ハワイ)で過ごし、英語がぺらぺら。小麦色に日焼けした肌が印象的で、今までにない新たなアイドルとしてブレークした。クールな印象の優だが、福田氏の心を動かしたエピソードがあるという。

「花の82年組の女性アイドルには中森明菜小泉今日子、松本伊代、堀ちえみ、石川秀美、同期の男性アイドルにはシブがき隊などがいた。テレビの歌番組や賞レースで、優はいつも彼らと一緒でした。よき仲間であり、ライバルでしたね」

 当時行われていた音楽祭では、常にノミネートの7組に優が入っていたが、横浜音楽祭だけは優が落選した。アイドル歌手の「賞レース」は当時、国民の関心事で、事務所は総力をあげてサポートしていたという。

 落選を知った優は会場のトイレに入ったまま出てこなくなった。心配した福田氏が待っていたら、しばらくして真っ赤な目をしてトイレから出てきたという。

「泣くほど悔しかったのかと思い、慰めようとして焼き肉屋に連れていったら、スタッフの前でスピーチさせてほしい!と言う。何ごとかと思ったら、『今日落選して悲しくてトイレで泣きましたが、思い上がりでした。トイレの鏡に映った顔がみにくかった。これでは仕方がないと気付きました。これから努力してがんばります』と力説したんです。その言葉を聞いて皆燃えました(笑)。なんとしても優がレコード大賞新人賞にノミネートされるようにとスタッフも一致団結したんです。結局、その年のレコード大賞最優秀新人賞はシブがき隊で、新人賞の5枠内に優が入り、明菜と小泉が落選しました」(一部敬称略)(本誌・藤村かおり)

週刊朝日  2016年8月19日号