日銀が紙幣を刷っては政府に渡す「量的緩和」政策。“伝説のディーラー”と呼ばれた藤巻健史氏は、繰り返されるこの政策こそが日本の“ギリシャ化”を防いだが、同時に日銀と政府のバトルの引き金になると主張する。

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「出口戦略のない異次元の量的緩和は円暴落の引き金を引く、と藤巻さんはおっしゃいます。でも、いつになってもその段階にいきません。やはり、オオカミおじいさんでしょうか?」。こんなメールを頂いた。

「CPI(消費者物価指数)の上昇率2%」達成の時期を毎回先延ばしする黒田東彦・日銀総裁と同じく、私もまちがいなくオオカミおじいさんだ。ただ、私は「(死んでから評価される)ゴッホと呼んでくれ」と開き直っている。円暴落はいつか来る。

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 日銀は現在、景気の低迷とデフレ状態から脱出しようと必死でもがいている。しかし、景気が現在悪いからこそ、市場も政治も平穏を保っている側面がある。

 後ずれさせたとはいえ、日銀は2017年度中にCPI上昇率が2%に達すると説明している。安定的に2%を達成したら、どうなるのか? その時点から、日銀と政府のバトルが始まると私は思うのだ。

 国の財布を満たすため、政府は今年度、新発債と借換債の国債を合計約150兆円発行する。一方で、日銀は今年、国債を約120兆円買い入れる予定だ。

 不動産市場を例に考えてみたい。住宅市場で年間に売られている家が新旧約150万戸で、うち約120万戸を中国人が買っているとする。ある時、中国人が「買うのをやめた」となれば、住宅市場はどうなるか? 間違いなく暴落だ。

 国債市場でも8割分の買い手がいなくなれば、同じことになる。住宅にしろ国債にしろ、いずれ買い手は現れるだろうが、それは価格暴落後のはずだ。

 価格が暴落(=金利は暴騰)すると、国債入札ができなくなる。非常に高い金利で国債を発行したら、金利支払いが重すぎて来年度以降の予算を組めない。

 
 今まで日本がギリシャと異なり、財政破綻を避け得たのは、日銀が国債を買い取るかたちで政府の資金繰りを助けていたからだ。

 ギリシャの中央銀行は紙幣(=ユーロ)を刷れないから、政府の資金繰りを助けられない。ヨーロッパ中央銀行しかユーロを刷れない。日銀が紙幣を刷っては政府に渡すこと(=今の異次元の量的緩和)をやめたら、日本はギリシャ化する。

 資金繰り倒産を避けるため、政府は「異次元の量的緩和を続けろ」と主張する。一方で、日銀は「CPI上昇率2%」の公約を達成したから量的緩和は中止すると主張するだろう。そこで、日銀と政府のバトルが始まると私は思うのだ。

 ここからは想像の世界でしかない。以下は小説と思って読んで頂きたい。

 政府は法律改正で日銀の独立性を奪い、国債購入を継続させようとする。日銀の黒田総裁は職をなげうってでもそれを防ごうとするが、政府に押し切られ退陣する。黒田氏の総裁職は退任の出口があるが、異次元の量的緩和政策は出口がない。紙幣増刷はとどまることを知らず、悪性インフレに。それが歴史の教えだ。

 景気低迷が続くと、このシナリオは先に延びる。低迷が続いたほうがよいのか、回復したほうがよいのか? 異次元の量的緩和で「日銀はルビコン川を渡った」と私が主張するのはそういうことだ。「三途の川」でないことを祈るばかりだ。

週刊朝日 2016年8月5日号

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藤巻健史

藤巻健史

藤巻健史(ふじまき・たけし)/1950年、東京都生まれ。モルガン銀行東京支店長などを務めた。主な著書に「吹けば飛ぶよな日本経済」(朝日新聞出版)、新著「日銀破綻」(幻冬舎)も発売中

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