ヒョロリ君が帰ってきた。お爺さんに何か言っている。お爺さんは頭を掻き掻き「ごめんごめん」と謝っていた。爺さん、さっきまでとは打って変わって静かになってしまった。

 おそらく孫に口の悪さをたしなめられたのだろう。小2の孫に小言を言われて萎れる祖父は、ちょっと切ない。

 大会の最中、お爺さんは頻繁にお手洗いに立つ。「いやー、年とると便所が近くなって」と照れくさそうに独りごちている。見れば下腹部にずいぶん雫がはねていた。洗った手をズボンで拭いていたのもあり、下半身がびしょびしょ。孫からハンカチを渡されて手を拭く。ノーハンドタオル爺さん。

 休憩時間に、参加者とその家族にちゃんこ鍋がふるまわれた。我も我もと大行列。しかしお爺さんのちょっと前で売り切れてしまった。ノーちゃんこ爺さん。

 なんとなーく、重く寂しい空気が流れるなか、お爺さんは、

「いーよ、いーよ。ジョナサンでパフェ食べればいーよ!! そっちのほうがいいだろ!! な!?」

 マリー・アントワネット的な居直り発言に半径2メートルは苦笑い。孫は顔をしかめて、唇に人さし指を当て「しー」の形。

「あぁ、ごめんごめん(小声)」

 爺さんは周囲に頭を下げた。

 お爺さん、まるで悪気がないのはわかるから、別にいいよ。嗚呼、お爺さんかわいいな。

 年をとると、はからずも「失」が増えてくるようだ。失言・失念・失敗・失礼・失敬・失速・失禁……。

 得てきたものをやむを得ず失っていくのが加齢というものか。そのうち自分も……と考えると寂しい気もするが、身軽になっていくのだと思えば気が楽だな。

 だから森喜朗さんはあたたかく見守っていきたい。最近見ないから寂しいよ、森さん。

週刊朝日 2016年6月10日号