桂米丸 終戦間近「囁くようにだけど、日本はもうダメだねって話が流れていた」 (2/2) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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桂米丸 終戦間近「囁くようにだけど、日本はもうダメだねって話が流れていた」

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「人生ってのは分からねえものだなと思ったね」(※イメージ)

「人生ってのは分からねえものだなと思ったね」(※イメージ)

 落語が大好きだったくらいですから、あたしは文科に進みたかったんですがね。そしたら兄が、理科ならまだ徴兵猶予があるけど文科行ったらすぐに兵隊だよって。それで都立化学工業専門学校(現・首都大学東京)を受験して合格したんです。明治神宮外苑で出陣学徒壮行会が行われたのは、この年の10月のことです。のちに雨の中の出陣学徒の閲兵式のニュース映画を観て、泣きました。理科学生が残っていていいものかと──。

 専門学校には入ったものの、勤労動員で日本鋼管(現・JFEエンジニアリング)の製鉄所に行かされまして。理科だから職員待遇ですと。これがまた危険な職場でしてね。溶鉱炉から真っ赤になった鉄の塊がズラーッと並んで水のように流れてくる。なんでも落っこった人がいるなんて脅かされたりして(笑)。それがインゴット、塊にされて圧延され、戦艦や戦車に使われるんだね。

 何より怖かったのが連日の空襲。溶鉱炉が壊れたら、真っ赤な鉄が漏れちゃう。毎朝4時になると警戒警報が鳴って、それから1時間も経たないうちに、決まって空襲警報に変わる。それで起こされて防空壕に駆け込むんだけど、ある時に警戒警報が鳴らなかったんだね。「今日はないんだ、お休みだね」なんて言ってたら、バババババッていきなりの空襲。警報出す奴が忘れていたんだね。でも、そのおかげで命拾いしたんです。ゲートルも巻かずに防空壕に走ったら、防空壕がないんだ。防空壕直撃弾。家1軒分の穴が開いちゃってた。入ってなくてよかったなと。つくづく人生ってのは分からねえものだなと思ったね。

 その頃にはね、囁くようにだけど、日本はもうダメだねって話が流れていた。軍部も政治家ももうやりきれないところまで来てしまっているんだ。ありゃ“武士の一分”みたいなもんで、その場で討ち死にの覚悟か、なんて話が漏れ聞こえてきましたよ。

週刊朝日  2016年1月22日号より抜粋


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