アメリカの顔色を窺い「日和見主義」となった安倍政権。しかし、今年の選挙次第では、流れが変わるとジャーナリストの田原総一朗氏は指摘する。

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 2016年は、日本の命運を占う重大な選挙が行われる。7月の参議院選挙に合わせて衆議院も解散し、ダブル選挙になる可能性が高い、と指摘する自民党議員が多い。

 17年には2度目の消費税増税が控えているので、選挙はできない。18年9月には安倍首相の総裁任期満了となり、12月には衆院議員の任期満了を迎える。この年に選挙となれば一種の「追い込まれ解散」で、得策ではない。となると、チャンスは今年しかない。過去2回のダブル選、いずれも自民党は大勝している。安倍首相は「ダブル選はまったく考えていない」と言うが、強く言い切るところが逆に怪しい。

 ダブル選の狙いは、衆参ともに自公で3分の2を上回る議員数を獲得すること。安倍首相は昨年11月末、自らが率いる右派議員らの会合で、次のように述べた。

「憲法改正をはじめ、占領時代につくられたさまざまな仕組みを変えていこうという(自民党の)立党の原点を呼び起こさなければならない」

 安倍首相は以前から憲法改正を強く主張していた。GHQに押しつけられた憲法を日本人の手でつくり直すべきだというのだ。また、東京裁判は「勝者の判断によって断罪された」もので、まっとうな裁判ではないと主張していた。「A級戦犯の処分も戦勝国が決めつけたのであって、国内法では犯罪人ではない」と繰り返し発言していた。

 そして13年12月、安倍首相は靖国神社に参拝した。当然のことをしたつもりだったのであろう。ところが、韓国や中国だけでなく、米国が「失望した」と強い不満を表明した。

 実は、安倍首相以前にも靖国神社に参拝した首相は何人もいる。特に小泉純一郎首相は何度も参拝したが、米国は態度を明確にしなかった。

 
 ところが安倍首相の参拝には「失望した」とはっきり不満を表明した。実は米国は、安倍首相を「歴史修正主義者」ではないかと疑い、だからこそ13年10月にケリー国務長官とヘーゲル国防長官(当時)が、わざわざ靖国神社ではなく、千鳥ケ淵戦没者墓苑を訪問し献花した。それを安倍首相は裏切り、だからこそ米国は怒った。

 これがよほど衝撃だったのか、それ以後、安倍首相の姿勢は変わった。「現実主義」、もっと言えば「日和見主義」となった。東京裁判には一切触れず、靖国神社に参拝もしなくなった。昨年8月には、かつて強く批判していた村山談話を肯定する安倍談話を発表した。

 韓国の従軍慰安婦問題でも、安倍首相はかつて「1965年の日韓請求権協定ですべて決着済み」だと言っていたのを翻し、韓国政府が設立する財団に約10億円を拠出するとし、あらためて謝罪した。アメリカから強い働きかけがあったのではないかとみられている。集団的自衛権の行使容認についても、実は安保法制懇の委員や自民党の「安倍応援団」からは「公明党に妥協しすぎで、名を取っただけ」と評判が悪い。「日和見主義」に堕したというわけだ。

 だが、今年のダブル選挙で、衆参ともに3分の2以上の議席を取れば、こうした流れが一変する可能性がある。つまり昨年秋の「宣言」どおり、自民党の「立党の原点」である憲法改正と、東京裁判の否定という安倍首相流の「理想の政治」が復活してくる可能性があるのだ。その意味でも、今夏の選挙は日本の命運を決める重大な選挙なのである。

週刊朝日  2016年1月22日号

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田原総一朗

田原総一朗

田原総一朗(たはら・そういちろう)/1934年、滋賀県生まれ。60年、早稲田大学卒業後、岩波映画製作所に入社。64年、東京12チャンネル(現テレビ東京)に開局とともに入社。77年にフリーに。テレビ朝日系『朝まで生テレビ!』『サンデープロジェクト』でテレビジャーナリズムの新しい地平を拓く。98年、戦後の放送ジャーナリスト1人を選ぶ城戸又一賞を受賞。早稲田大学特命教授を歴任する(2017年3月まで)。 現在、「大隈塾」塾頭を務める。『朝まで生テレビ!』(テレビ朝日系)、『激論!クロスファイア』(BS朝日)の司会をはじめ、テレビ・ラジオの出演多数

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