阿藤さんは東京都立大学法学部時代は弁護士をめざしていたが、ひょんなことから劇団俳優座に加入。俳優原田芳雄の薫陶を受け、中村敦夫に誘われて役者になった。原田、中村、市原悦子、地井武男らともに「俳優座造反組」として退座するなど気骨のある俳優人生を歩んだだけあって、自分にも厳しい人だった。

「MOTHER」では、憎らしいがどこか愛嬌のある警察署長を演じた。本番では、毎回のように台詞や演技にアドリブを加えて若手共演者を引っ張っていた。

 ところが、日出郎さんによれば、10月上旬の舞台で、こんなことがあった。

「本番中、台詞がない場面で、阿藤さんがテーブルに手をついて背中を伸ばしているんです。奇妙に思いましたが、痛みに耐えられなかったのでしょうね」

 日出郎さんは病院での診察を勧め、阿藤さんも10月末には受診していた。だが69歳の誕生日の翌15日、都内の一人暮らしのマンションで亡くなっているのが見つかった。

 タモリさんらから「芸能界一いい人」と評された人柄。「下町ロケット」で共演した阿部寛さんが「大先輩なのにおちゃめで謙虚で誰にも親しまれた方でした」とする談話を発表するなど、多くの関係者が哀悼の意を表明した。

週刊朝日 2015年12月4日号