オーストラリア以外では、チリやペルーも米国と対立し、自国の医薬品の高騰につながる米国の提案を、断固拒否していた。そして、最後まで交渉をしたチリとペルーは、米国から大きな譲歩を勝ち取ったと言われている。

 一方の安倍首相は、重要5品目は「最後の最後までギリギリの交渉を続け」たと豪語する。ただ、それを言葉どおり信じる関係者はいない。内田氏は続ける。

「重要5品目の交渉結果は、最後の閣僚会合のすぐ後の5日朝に、内閣官房のホームページに掲載されました。それができたのは、日本の交渉が早々と終わっていたからでしょう。自国民の命を守る交渉をやり遂げたペルーやチリに比べ、日本は合意することしか考えていなかったように見えます」

 農業が受ける被害は深刻だ。下の表は、今回の交渉結果を受けて、東京大学の鈴木宣弘教授(農業経済学)などが、主要な農産品の生産減少額を暫定的に試算したものだ。これらの品目だけでも、1兆1千億円を超える。それでも安い外国産の農産品が輸入されれば、価格が下がるメリットがあるとの報道もある。鈴木教授は、それは一面的だと指摘する。

「たとえば、牛肉等の関税収入は約1100億円あり、これが国産牛肉の価格低下分を生産者に補填(ほてん)する財源に使われています。ところが、関税が9%になれば、関税収入は258億円にまで下がるでしょう。予算が足りなくなれば、結果として国民の税金で負担することになる」

◇TPPによる農産物の損失は1兆円を超す
コメ ▼約1100億円
酪農 ▼約980億円
牛肉 ▼約3260億円※
豚肉 ▼約4140億円※
主要果実 ▼約1900億円
合計 ▼1兆1380億円
 鈴木宣弘研究室などの暫定試算値をもとに編集部が作成(一部品目のみ)。加工品や調製品の関税撤廃・削減の影響は考慮していない。※は業界試算

(本誌・西岡千史、永野原梨香)

週刊朝日 2015年10月23日号より抜粋