近年の信長人気がどのように作られていったのかはよくわからない。遡ってみると、江戸時代、信長は不人気だったという。徳川家康が絶対的存在であったし、平和が続く江戸時代の価値観の中では、信長の苛烈さは評価されなかったのだろう。しかし江戸後期になって思想家、歴史家の頼山陽が信長を評価した。さらに大正には徳富蘇峰が『近世日本国民史』を書くにあたって、信長を起点に置いた。このあたりで信長は日本に近代を導いた先駆者と見られるようになったのかもしれない。安土城跡の入り口近くの道路脇には「安土城址」という石碑があるが、これも徳富蘇峰の筆になるものだそうだ。

 昭和以降は歴史小説や映画やテレビの影響が大きいと思う。戦国武将はヒーローになり、ときには経営者のモデルにもなった。だが物語は史実とは異なる。例えば司馬遼太郎さんの小説は、豊富な資料と知識が土台となってノンフィクションのごとく読めるが、不明の部分を作家的想像力で補っているからこそおもしろいのである。

 私自身は、変にスター化された信長の虚像がもてはやされるより、少々ツマラなくても実像がわかるほうがずっとうれしい。だから今後も新たな史料が発見され、信長像が塗り替えられていくことに期待している。

週刊朝日  2015年10月9日号より抜粋