ジャーナリストの田原総一朗氏は、安全保障関連法案が日本の主体的な戦略であってほしいと訴える。

*  *  *

 6月4日の衆院憲法審査会に参考人として出席した憲法学者3人が、全員、集団的自衛権の行使を可能にする安保関連法案を「憲法違反」だと批判した。特に、自民党が推薦した長谷部恭男氏が「憲法違反」と言い切ったことが、潮目を変える大きなきっかけとなった。

 集団的自衛権の行使が憲法に抵触するとは、安倍晋三首相をはじめ、政府のまともな判断力の持ち主なら百も承知していたはずだ。歴代政権下の内閣法制局は、日本は主権国家として集団的自衛権は有しているが、現憲法下では行使は許されない、としていたからである。

 だから安倍首相は当初、憲法を改正しようと図った。だが、現憲法では改正の発議をするのに衆参両院でそれぞれ3分の2以上の賛成が必要だ。それが困難だと判断した安倍首相は、憲法96条を変更し、過半数が賛成すれば発議ができるよう図ろうとした。しかし、これには「裏口入学だ」と批判が強まり、安倍首相はやむなく内閣法制局長官を代えて憲法解釈を変更することで、集団的自衛権の行使容認に踏み切ることにしたのである。

 私は、安全保障環境の変化に合わせて法制を検討し、場合によっては変更することに反対ではない。そして、中国が異常なまでに軍事力を強化させ、例えば南シナ海で岩礁を軍事拠点化し、周辺国との緊張が高まっていることには強い不安を覚えている。これまで強大な軍事力で地域を管理していた米国の力の低下によって、このような現象が生じていることも承知している。そのため、米国から日本の役割が要請されているであろうことも理解はできる。

 
 だが、そのことと集団的自衛権の行使との間には飛躍がありすぎる。昨年7月、安倍内閣は公明党との閣議決定による「新3要件」を発表した。私は、このプロセスで公明党は頑張ったと思う。「新3要件」により、閣議決定は実質的には個別的自衛権の範疇に入るものになったはずだった。北朝鮮有事も、南シナ海有事も、個別的自衛権の範囲外ではない。

 ところが、安倍首相が「ホルムズ海峡の機雷封鎖」に言及した。もしイランがホルムズ海峡を機雷で封鎖すると、日本で必要な石油の80%が来なくなり、日本の産業、日本人の生活が著しく脅かされる。だから、海上自衛隊の掃海艇を派遣して、交戦下といえども機雷除去を行わなければならないというのだ。

 たしかにホルムズ海峡の機雷除去は周辺事態法の範囲を超え、集団的自衛権の行使が必要になる。だが、なぜ唐突にホルムズ海峡が出てきたのか。そこで資料を調べていたら、6月26日号で紹介した「アーミテージ・ナイ・レポート」の記述にめぐり合ったのである。

 1991年の湾岸戦争のとき、日本は130億ドル拠出しながら「NATO(No Action,Token Only)」と非難された。トークンとは当時ニューヨークの地下鉄で使われていた切符代わりのコインである。アーミテージに「Show the flag」と言われ、イラクに自衛隊を派遣した事実もある。

 6月26日号の記述には少なからぬ批判があった。日本政府はアーミテージ・レポートなどでは動かないというのだ。私も、そうあってほしい。日本の主体的な戦略であってほしいと願っている。だからこそ、なぜ個別的自衛権や周辺事態法では駄目なのか、納得できる説明がほしいのだが、それが欠落しているのである。

週刊朝日 2015年7月10日号

著者プロフィールを見る
田原総一朗

田原総一朗

田原総一朗(たはら・そういちろう)/1934年、滋賀県生まれ。60年、早稲田大学卒業後、岩波映画製作所に入社。64年、東京12チャンネル(現テレビ東京)に開局とともに入社。77年にフリーに。テレビ朝日系『朝まで生テレビ!』『サンデープロジェクト』でテレビジャーナリズムの新しい地平を拓く。98年、戦後の放送ジャーナリスト1人を選ぶ城戸又一賞を受賞。早稲田大学特命教授を歴任する(2017年3月まで)。 現在、「大隈塾」塾頭を務める。『朝まで生テレビ!』(テレビ朝日系)、『激論!クロスファイア』(BS朝日)の司会をはじめ、テレビ・ラジオの出演多数

田原総一朗の記事一覧はこちら