国家の役割として最も重要な外交。ジャーナリストの田原総一朗氏は、ドイツのメルケル首相の腕前に、日本も見習うべきだと感心した。

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 5月9日、モスクワで第2次世界大戦の対ドイツ戦勝70周年記念式典がおこなわれた。プーチン大統領が各国首脳を招き、赤の広場で壮大な軍事パレードが繰り広げられた。

 それにしても、10年前の60周年式典のときは、アメリカのブッシュ大統領、そしてドイツのシュレーダー首相、さらには日本から小泉純一郎首相も出席した。出席した首脳は53人に及んだ。私は、冷戦が終わって、時代が、世界が和解と平和への協力を誓い合うようになったのだな、と受け取っていた。

 ところが今回は、オバマ大統領、日本の安倍晋三首相をはじめ、G7の首脳たちはそろって欠席した。ヨーロッパを中心に、多くの国の首脳がこれに同調して、出席した首脳は約20人でしかなかった。

 その中で目立ったのは、プーチン大統領と中国の習近平国家主席との“蜜月”関係だ。習近平主席はプーチン大統領との会談で、大戦勝利への中ロの貢献を強調し、ナチズムや軍国主義の復活、歴史の見直しを許さないとの立場を主張した。

 両者はいったい、世界のどのような勢力を想定して、何を主張しているのか。現在の世界で、秩序の安定を脅かしているのは、ロシアと中国ではないのか。

 たとえば、ロシアの昨年3月のクリミア半島の併合は明らかに主権国家からの領土奪取であり、ウクライナ東部の内戦では親ロシア派武装勢力への強引な支援も続けている。

 
 また、中国は南・東シナ海で強引な海洋進出を続けていて、特に南シナ海で一方的に埋め立てを進めているのは、力による“法の支配”の無視である。

 中ロ両国が周辺国に対して力まかせの行動をとり続けているのは、国内の問題を抑え込むためという面もあるだろうが、戦後秩序を破壊する行為とみるほかない。日米やヨーロッパの大半の国々の首脳が式典への出席を見送ったのは、当然である。

 しかも、この日はモスクワで大軍事パレードが実施された。将兵約1万6千人と、190両の戦車・軍用車、140機の軍用機が参加。過去最大の規模となり、複数の核弾頭搭載が可能な最新の大陸間弾道ミサイル(ICBM)も登場した。

 読売新聞は「東西冷戦下を彷彿とさせる挑発的な演出」だと書いた。朝日新聞も「冷戦後、ロシアは一時、米欧との協調に動いたが、プーチン氏のもとでソ連型政策への後退が進んでいる」と批判した。私も、両紙の主張に同調して、中ロのやっていることは歴史に逆行しているととらえた。

 だが、翌10日に、なんと、第2次大戦のロシアの相手国であるドイツのメルケル首相がモスクワを訪問したのである。そして会談に先立って、赤の広場近くにある「無名戦士の墓」を訪ねて、プーチン氏と一緒に、独ソ戦で戦死した旧ソ連軍の兵士のために花をささげた。

 まいったな、と思った。これこそが外交というものだ。

 メルケル、プーチン会談は約3カ月ぶりだったが、会談のテーマはもちろんウクライナ問題であった。会談後、メルケル首相は、2月に発効した停戦合意のもとに和平の実現を目指すことで一致したと語った。メルケル氏はウクライナ問題で実質的にヨーロッパ各国とロシアとの間に立つ交渉役の立場を獲得したことになる。日本も見習わなければならない、とあらためて感じた。

週刊朝日 2015年5月29日号

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田原総一朗

田原総一朗

田原総一朗(たはら・そういちろう)/1934年、滋賀県生まれ。60年、早稲田大学卒業後、岩波映画製作所に入社。64年、東京12チャンネル(現テレビ東京)に開局とともに入社。77年にフリーに。テレビ朝日系『朝まで生テレビ!』『サンデープロジェクト』でテレビジャーナリズムの新しい地平を拓く。98年、戦後の放送ジャーナリスト1人を選ぶ城戸又一賞を受賞。早稲田大学特命教授を歴任する(2017年3月まで)。 現在、「大隈塾」塾頭を務める。『朝まで生テレビ!』(テレビ朝日系)、『激論!クロスファイア』(BS朝日)の司会をはじめ、テレビ・ラジオの出演多数

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