“伝説のディーラー”と呼ばれモルガン銀行東京支店長などを務めた藤巻健史氏。日本の財政を健全化するには、インフレタックスによる政府債務の圧縮が必要だという。

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 1999年前半のことだったと思うが、私は出席していなかった講演会で、榊原英資大蔵省財務官(当時)が、「98年12月以降、『国債の需給』をはやしたてるオオカミ少年がいる」とおっしゃったとき、参加者の多数がクスッと笑い、講演会後に「ありゃ、フジマキのことだ」と確認し合った、という報告を部下から受けたことがある。

 私がモルガン銀行の支店長をしていたときの話だ。ただ私は「それは私のことではない。私のことなら『オオカミ少年』ではなく『オオカミおじさん』とおっしゃったはずだ」とうそぶいていた。

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 4月16日付の日本経済新聞「大機小機」に「市場関係者の間では、インフレによる政府債務の圧縮である『インフレタックス』論がささやかれ始めた」とあった。がっかり、がっくりした。このコラムを読んでくださっている方は、私が数年前から「インフレタックス」論を主張していたのをご存じだろう。

 それなのに、「市場関係者の間でささやかれ始めた」とあるのだ。私はもう市場関係者のうちには入っていないのか? それとも無視されているのか? 現役時代は、少なくとも市場関係者に、多少なりとも影響力があったと自負しているのだが(涙)。市場関係者にオオカミ少年と揶揄(やゆ)されていたことが懐かしい。

 
「これだけ累積赤字がたまってしまったからには、政府が取る道はインフレしかない。アベノミクスの第1の矢、量的緩和はそれこそインフレ導入政策だ。しかし、ブレーキがないからハイパーインフレという超重税時代に突入してしまうだろう」というのが、何度も書いてきた私の主張だ。

(過激な例で恐縮だが)1千万円の借金をしている個人タクシーの運転手さん(債務者)は、タクシー初乗り100万円になれば借金返済がいとも簡単になるのに対し、汗水たらして10年間で1千万円貯金した人(債権者)は、タクシーに10回乗るとパーになる。

 インフレとは債権者から債務者への富の移行なのだ。今の日本で債権者は国民、最大の借金王は国だ。インフレとは国民から国への富の移行という意味で税金と同じだ。したがってインフレとは税金という形をとらないものの、実質は税金と同じなので、よくインフレタックスと呼ばれる。

 日経の「大機小機」によれば、どうやら、経済の動きに一番センシティブな市場関係者たちも「異次元の量的緩和は、実は財政再建策なのだ」と気がつき始めたようだ。問題は、穏やかな財政再建策(=穏やかなインフレ、穏やかな課税)なのか、過激な財政再建策(=ハイパーインフレ、とんでもないほどの重課税)なのか、だ。

 過去、お金をジャブジャブにした国で、ハイパーインフレを回避できた国はない。ブレーキが見つかっていないからだ。だから私は黒田日銀総裁に何度も「出口戦略」をお聞きしているが、あいかわらず「時期尚早」のお答えばかりだ。

 こんなに累積赤字がたまっているのに史上最大の歳出予算が組まれた。政府には財政に対する危機感がないのか? それとも「いったん、ばらまいても、ハイパーインフレですぐ回収してしまうのだから、ちょっとの期間だけ喜ばせておいてやろう」と考えているのか? そう考えるのはあまりに下司の勘繰りか?

週刊朝日  2015年5月22日号

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藤巻健史

藤巻健史

藤巻健史(ふじまき・たけし)/1950年、東京都生まれ。モルガン銀行東京支店長などを務めた。主な著書に「吹けば飛ぶよな日本経済」(朝日新聞出版)、新著「日銀破綻」(幻冬舎)も発売中

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