幻となった昭和天皇の沖縄訪問 その心中を元側近が証言 (2/2) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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幻となった昭和天皇の沖縄訪問 その心中を元側近が証言

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1987年、療養中の昭和天皇の名代として出席した沖縄国体開会式で、お言葉を代読する皇太子さま (c)朝日新聞社 

1987年、療養中の昭和天皇の名代として出席した沖縄国体開会式で、お言葉を代読する皇太子さま (c)朝日新聞社 

 この原案を作成したのが、齊藤さんだった。昭和の時代は、行幸先でのお言葉案の作成などは、担当する役所や宮内庁に任せていた。

 平成の両陛下のようにお言葉を自ら推敲しないのは一見、冷たいと思う人もいるかもしれない。

 だが齊藤さんは、それが昭和天皇が追求した、象徴天皇としてのお姿の一側面ではなかったかと話す。

「象徴天皇の実像を国民に理解していただくことは重要ですが、過剰な演出などが伴うようになれば、それはポピュリズムに陥る危険性もあわせ持つことになります。政治家のように弁舌豊かに話すことは、必ずしも必要ではないのです」

 昭和天皇は9月22日に腸の手術を受け、訪沖中止が発表された。

「手術から間もない時期に、昭和天皇は侍従に、『ダメか』と漏らしたそうです」

 齊藤さんによれば、昭和天皇の訪沖は翌年の春にもう一度、模索された。

「しかし半世紀にわたって仕えた徳川義寛侍従長が4月に勇退、在職10年の富田朝彦長官が6月に勇退し、わずか2カ月余の間に、『奥』と『表』のトップが交代する事態もあって、話は立ち消えになってしまったのです。お元気であれば、ぜひ訪問していただきたかったですね」

 昭和天皇は、沖縄訪問中止を発表したときの心情を歌に込めている。

思はざる病となりぬ沖縄をたづねて果さむつとめありしを

週刊朝日  2015年5月8-15日号


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