“伝説のディーラー”と呼ばれモルガン銀行東京支店長などを務めた藤巻健史氏は、国会で議論されている、「基礎的財政収支(PB)の黒字化目標」では、日本の財政危機は変わらないという。

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 一橋大学に入学し体育会スキー部に入った1カ月後、陸上インカレがあった。東大の検見川グラウンドで行われる駅伝なのだが、いくら雪の上ではないといってもスキー距離競技の全日本代表級の選手たちと一緒に走るのだから惨敗は必至だ。

 1年間の予備校生活で体力が全くなかったのにもかかわらず、一橋大Bチームの第3走者を仰せつかった私は、自らのみじめな姿を連想し、落ち込んだ。「一橋大Bチームは例年、他チームに何周も遅れ、ビリかブービー争いをする。あまりに可哀想なので、他校の女子学生が皆、応援してくれる。だから頑張れ」との先輩たちの言葉はなんら励ましにならなかった。

 ところが当日、JR新検見川駅で電車を降りた途端、青空がにわかに暗転、暴風雨並みの雷雨がやってきて、駅にとめ置かれた選手陣に競技中止の知らせが入った。天は私を見捨てなかった。ちなみに冬が近づいてきたので、私は水泳部に入ろうかと思ってスキー部を辞めた。へそ曲がりぶりは、当時からのようだ。

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 国会で財政再建の議論になると10人が10人、2020年度に基礎的財政収支(プライマリーバランス、PB)が黒字化できるかの追及をする。たしかに政府の国際公約がそうだから当然なのかもしれないが、私は違和感を覚える。政府は「PBの黒字化目標」を前面に出すことによって、「PBさえ黒字化すればもう安心」という印象を国民に植え付けているような気がするからだ。

 
 国民の目を財政危機からそらしている。PB黒字化など財政再建の第一歩にしか過ぎないのだ。財政再建の困難な仕事はPB黒字化達成後から始まる。

 PBは、国債の元本と支払利息の合計である「国債費」を除いた話である。

 今年度予算は96兆円の歳出であるが、国債費23兆円とPB対象経費73兆円とに分解できる。このPB対象経費73兆円を「税収と税外収入(今年度予想は60兆円)」で賄えればPB黒字化となる。今年、「税収+税外収入」が想定以上に上がって(そんなことはありえないが)73兆円となりPBが黒字になったとしても、今年度の決算では国債費分の23兆円が赤字だ。このため累積赤字は増え続ける。

 13年11月25日の参議院決算委員会で、私の質問に対し、甘利大臣は「20年度の国債費は43兆円程度」と答弁されている。ということは20年度にPB黒字化の目標が達成できたとしても20年度の赤字幅は、今年度の36兆円よりも大きくなるわけだ。

 財政再建とは、単年度予算が黒字化し、累積赤字が減少して初めて言えるはずだ。10年のトロントサミットでは、日本以外の先進国は、それに近いことをコミットした。実際にドイツや米国の財政の改善ぶりには目を見張る。ところがそのような目標は日本にとっては到底、達成不可能ということで、特別措置として5周遅れのPB黒字化を目標としてもらった。

 それにもかかわらず、その目標さえ達成が危ぶまれている状況だ。今や他の先進国と比べて日本の財政再建は10周遅れという状況だ。あまりにも可哀想だからといっても、他国が応援してくれることはない。天は日本を見捨てないでいてくれるだろうか?

週刊朝日  2015年4月24日号

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藤巻健史

藤巻健史

藤巻健史(ふじまき・たけし)/1950年、東京都生まれ。モルガン銀行東京支店長などを務めた。主な著書に「吹けば飛ぶよな日本経済」(朝日新聞出版)、新著「日銀破綻」(幻冬舎)も発売中

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