損保会社の執行役員が感じた男社会での“プレッシャー”とは? 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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損保会社の執行役員が感じた男社会での“プレッシャー”とは?

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損保ジャパン日本興亜 執行役員コールセンター統括部長陶山さなえ(57)1979年、白百合女子大学文学部卒。同年、安田火災海上保険に入社。医療保険室長、医療保険サービスセンター部長などを経て、2014年4月から現職(撮影/写真部・植田真紗美)

損保ジャパン日本興亜 執行役員コールセンター統括部長
陶山さなえ(57)

1979年、白百合女子大学文学部卒。同年、安田火災海上保険に入社。医療保険室長、医療保険サービスセンター部長などを経て、2014年4月から現職(撮影/写真部・植田真紗美)

週刊朝日・長友佐波子編集長(撮影/写真部・植田真紗美)

週刊朝日・長友佐波子編集長(撮影/写真部・植田真紗美)

陶山さん(右)と長友編集長(撮影/写真部・植田真紗美)

陶山さん(右)と長友編集長(撮影/写真部・植田真紗美)

『週刊朝日』の長友佐波子編集長が今を輝く女性にインタビューする「フロントランナー女子会」。今回は損保ジャパン日本興亜の陶山さなえ執行役員です。

*  *  *
長友:総合職にはいつ?

陶山:38歳で、遅咲きなんです。総合職は会社を最優先する覚悟がないとダメだと思っていたので、子供が小学校を卒業するまではと、待っていました。

長友:お子さんがいらっしゃるんですよね。

陶山:大学卒業して翌年に結婚をして25歳で娘を産みました。

長友:早い! 出産したら「いつ辞めるの」みたいな雰囲気はなかったですか?

陶山:ありましたが、先輩に相談したら、「産休制度を使う人が一人ぐらいいてもいいかもな。陶山は宇宙人だから」って(笑)。

長友:アハハ。制度としてはあったけど使われてなかったんですね。でも宇宙人だから気にせず取ったと。

陶山:そうです(笑)。幸い夫の両親と同居していたので娘をみてもらいながら。時短なんてない中で、家でも仕事のことを考えて……家族や周りの方には本当に助けてもらいましたね。

長友:でもそう思うと一般職でも総合職と変わりなくバンバンやってたんですね。

陶山:そうですね。ただ業務範囲に限界もあったので総合職への転換を決意しました。当時、転換には1年間、働きぶりを見られるチャレンジ期間がありました。その期間中に阪神・淡路大震災が起こったんですね。

長友:また大変なときに!

陶山:大阪と神戸に立ち上げる災害対策本部の人員確保を任されたんですが、いろんな部署に電話をして人を集め、被災地を一軒一軒回って……。

長友:あのときみんな、損保って大事なんだなって改めて感じましたよね。

陶山:はい。当社が存在する意義を改めて実感しましたし、本当にいろんな経験をさせていただきました。
 
長友:総合職になってからはどんどん出世されて?

陶山:いえいえ、次席を6年ぐらいやって、3席が先に課長になったことが3回もあるんですよ(笑)。

長友:よく嫌になりませんでしたね。

陶山:ちょっと悔しいなと思いましたけど、会社は私の総合職として足りない部分が成長するまで待っていたんですね。自分がこの立場になるとよくわかります。

長友:その後、御社初の女性部長になられて、プレッシャーはなかったですか。

陶山:そんなにプレッシャーはなかったんですが、初めて部店長会議に参加したときに、300人入る会議室で私以外、全員男性で。

長友:スーツで真っ黒。

陶山:そうなんです。その日の夜の新任部長の挨拶で、「あの部屋の3割を、色のついたスーツを着た女性にするためにも頑張ります」と宣言をした記憶があります。男性社会を感じたというよりも、次に続く女性のために自分が道を拓いていかなきゃ、「女の部長は」なんて言われないように頑張らなきゃと。そういうプレッシャーはありましたね。

週刊朝日  2015年1月23日号より抜粋


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