“伝説のディーラー”と呼ばれた藤巻健史氏は、ノーベル賞受賞者の発言から日本は社会主義だと感じたとこういう。

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 私の秘書である長男ケンタが、この夏休みに沖縄で数日間の牧場生活を体験してきた。ほぼ自給自足の生活だったそうだ。帰京してきたケンタ曰く、「働きたいときに働くという気ままな生活だったよ。それでも生活レベルは、さほどお父さんと変わらない。楽しかったな~。お父さんは、なぜそんなに一生懸命働くの?」。働きすぎの私の健康をいつも気遣ってくれるケンタらしい発言だが、考えさせられた。

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 ノーベル物理学賞が、名城大教授の赤崎勇氏、名古屋大大学院教授の天野浩氏、米カリフォルニア大サンタバーバラ校教授の中村修二氏の3人に贈られるとの発表が7日にあった。おめでたいことで、日本人としておおいに誇りに思う。

 と、同時に、へそ曲がりの私は少し変わった感想も持った。「日本ってやっぱり社会主義国家だな〜」と。昨今、「資本主義は終わった」という論調も目立つが、私はそうは思わない。世界の資本主義国家は、相変わらず大発展している。日本経済が駄目になったのは、日本が世界有数の結果平等の社会主義国家だからに過ぎない。

 3人のうちの一人、中村教授は、日本では、マスコミに対して大人の対応をしていたが、米国のテレビでは「私の研究は怒りの結晶です」というような発言をされたと聞く。本音だろう。

 8日付の朝日新聞の記事によると、「発明時に日亜化学工業が出した報賞金は2万円で、最初に中村教授が裁判で請求したのは20億円、3度の増額で200億円になった。東京地裁は04年1月に請求どおり200億円の支払いを命じたが、結局8億4千万円で和解が成立した」そうだ。

 資本主義国家の米国では、この対価は市場原理にのっとり、労働市場で決まるだろう。裁判所に判断をゆだねるなど考えられない。発明者は「対価が不十分だ」と思えば、高給を提示してくる他社に移るだろう。

 他社は、この時とばかりに、その会社に勤める他の優秀な技術者をも、ごそっと引き抜きにかかる。「あんなしぶちんの会社にいてもアメリカンドリームは達成できませんよ」という殺し文句を使うのだ。優秀な技術者を失う会社の未来はなく、株価も暴落である。

 だからこそ会社も技術者たちが引き抜かれないレベルの報酬を払う。「労働市場が市場原理にのっとり報酬を決める」ということだ。

 このままでは優秀な人材は、ますます海外に流出する。優秀なプロ野球選手がケタ違いの報酬を求めて、大リーグに流れてしまうのと同じだ。

 セーフティーネットの確立はもちろん極めて重要だが、能力や勤勉さに応じた格差も必要なのだ。行き過ぎた格差是正を金科玉条とするのは社会主義の思想だ。より重要なのは「能力や勤勉さにかかわらずの公平」ではなく「公正」なのだ。

 9日付の日本経済新聞のインタビュー記事の中村教授の回答をかみしめるべきだ。「日本に戻る考えはありますか」との問いに対し、「それはない。仕事はこちらでと決めている。裁判も決め手になった。大勝したら日本に残ろうと思っていたが、そうならなかったので米国に移った。この選択は間違っていなかった」

週刊朝日  2014年10月31日号

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藤巻健史

藤巻健史

藤巻健史(ふじまき・たけし)/1950年、東京都生まれ。モルガン銀行東京支店長などを務めた。主な著書に「吹けば飛ぶよな日本経済」(朝日新聞出版)、新著「日銀破綻」(幻冬舎)も発売中

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