ジャーナリストの田原総一朗氏は、北朝鮮の拉致再調査が遅延している理由をこう推測する。

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 9月29日、中国の瀋陽で日本と北朝鮮の局長級協議が行われた。日本からは伊原純一アジア大洋州局長が、北朝鮮からは宋日昊・朝日国交正常化交渉担当大使が出席した。

 その協議で宋氏は拉致被害者らの再調査について「科学的、客観的に着実に取り組んでいるが、初期段階であり、具体的に結果を報告できる段階にない」と語り、「調査の詳細は平壌に来て、調査委のメンバーに直接会って話を聞いてほしい」と提案したのだという。

 当初、再調査の初回報告は「夏の終わりから秋の初め」ということで、日朝とも一致していた。ところが、北朝鮮は9月18日に「調査はまだ初期段階」として先送りを通告してきた。そこで日本側はその理由の説明を求めて、瀋陽での局長級協議が行われたのである。

 北朝鮮側の提案に対して、岸田文雄外相は記者会見で「今回の協議で北朝鮮側から十分な説明が得られなかったことは残念だ」と述べた。日本側は、平壌に担当者を派遣して、調査委から話を聞く方向で調整を進めているようだ。だが、調査委から拉致被害者についての具体的な話が聞ける確約はない。北朝鮮側は、「調査は全体で1年程度かかり、まだ初期段階」としているのである。

 それにしても、北朝鮮の言う「調査」とはどういうことなのか。

 独裁国家で国民を完全管理しているはずの北朝鮮が、拉致被害者をあらためて「調査」などする必要があるのだろうか。完全な管理下に置かれていると判断するのが妥当ではないのか。もっと言えば、小泉純一郎首相が北朝鮮に行った時点で、拉致被害者の置かれている状況は全てわかっていたはずである。

 それでは、なぜ北朝鮮は「まだ調査が初期段階」などと言って報告を先延ばしにしているのか。

 考えられるのは、報告を先延ばしにして努力しているパフォーマンスを示すことで、日本からの経済支援の増加を図る、ということだが、関係者たちに取材する限りでは、その気配はあまり感じられない。

 そして、奇妙なことではあるが、交渉にあたっている人間たちには、拉致担当大臣やその周囲の人々の熱気、ボルテージの高さとは異なる困惑感がある。

 もちろん、私もできる限り多くの拉致被害者たちが無事に帰国することを願ってはいるのだが、それにしても交渉にあたっている人間たちの困惑感はなにゆえなのか。北朝鮮側は、本当に調査の初期段階だとして、日本側に拉致被害者たちに関する情報を一切示していないのだろうか。

 私は北朝鮮が「調査の初期段階」と言うこと自体が信用できないのだが、仮に「初期段階」だとしても、その段階の情報を日本側の担当者に示してもよいのではないか。それを示すことが、「誠実さ」を日本側に感じさせることになるのではないか。

 あるいは、北朝鮮が情報を示すのを先延ばしにしているのは、調査した結果が、日本側の満足を得られないと感じているのだろうか。もっと踏み込んで詮索すると、北朝鮮の「調査の結果」が、日本側の期待度とは大きな差異があることも、交渉の当事者たちは察知していて、それが困惑感となっているのではないのか。ここで言う「交渉の当事者」というのは、北朝鮮と日本の双方の当事者ということだ。そして双方が公表の仕方と時期とを考えあぐねているということではないのか。

週刊朝日 2014年10月17日号

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田原総一朗

田原総一朗

田原総一朗(たはら・そういちろう)/1934年、滋賀県生まれ。60年、早稲田大学卒業後、岩波映画製作所に入社。64年、東京12チャンネル(現テレビ東京)に開局とともに入社。77年にフリーに。テレビ朝日系『朝まで生テレビ!』『サンデープロジェクト』でテレビジャーナリズムの新しい地平を拓く。98年、戦後の放送ジャーナリスト1人を選ぶ城戸又一賞を受賞。早稲田大学特命教授を歴任する(2017年3月まで)。 現在、「大隈塾」塾頭を務める。『朝まで生テレビ!』(テレビ朝日系)、『激論!クロスファイア』(BS朝日)の司会をはじめ、テレビ・ラジオの出演多数

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