がんの治療にはさまざまな“副作用”が伴う。その一つが外見の変化だ。脱毛、皮膚の変色、爪の変形などは、がん自体は治っても、その後の生活に支障を与えることも少なくない。国立がん研究センターが開設したアピアランス(Appearance・外見)支援センターでは、がんになった人たちの心を救う取り組みをしている。

 外見に悩むのは女性ばかりではない。大腸がんの40代の男性は、治療を終え職場に復帰。以前と同じように営業マンとして働き始めた。しかし抗がん剤の副作用で手は黒ずみ、爪も割れていたため、「初対面の相手に名刺を出すと驚かれてしまう、他部署に配置転換させられそうだ」と相談に来た。センター長で臨床心理士の野澤桂子さんが、手専用のファンデーションや光らないカバー用のマニキュアの情報を教えると、ホッとしていたという。

「外見の変化をどうにかしたいと考える人には、必ず理由がある。彼の場合、『これまでの仕事を続ける』というゴールに向けた対策を考える必要がありました」(野澤さん)

 20代前半の男性は脳腫瘍の手術が成功したが、その後の放射線治療の副作用で髪が薄くなったままだ。アピアランス支援センターに男性用ウイッグの入手方法を聞きに来たが、よくよく話を聞いてみると、「就職活動をしたい」と言う。

 そこで野澤さんは、初対面ほど外見が重要なので履歴書の写真はウイッグをつけて撮影し、信頼関係が重視される最終面接ではウイッグをはずしてマイクロファイバーをふりかけて、薄毛を目立たなくさせたらどうかと提案した。

「ウイッグ店に行けば『どの製品を選ぶか』という選択しかなくなりますが、彼が本当に必要としていたのは、就職という大事なライフイベントに向けて『いつ、どのような状況でどうすればよいのか』といったアドバイスでした」

 その後男性は、はじけんばかりの笑顔で就職の報告に来たという。

「成人式や結婚式、入学式などライフイベントのときだけ外見をどうにかしたいという人もいる。出席を諦める前に相談に来てほしい」(野澤さん)

 アピアランス支援センターに置かれているウイッグには、ピンクなど奇抜な色のものや斬新なヘアスタイルのものも少なくない。しかしほとんどの人は、髪が抜ける前のヘアスタイルに近いもの、より地味な目立たないものを選ぼうとする。

 また、髪や眉毛が抜けると、具合が悪くなくても表情が乏しくなり、病気っぽい印象を与えてしまうことが多い。

「がん患者にとって外見の変化は『病気の象徴』でもある。隠さなければいけない、病人が明るくしていてはいけない、と思い込んでしまうんです」(同)

 そんなとき野澤さんは患者に「目指せ、お坊さん」と声をかける。お坊さんはあなたと同じように髪がないけれど、病人には見えない。眉毛を描いて頬紅をつけ、堂々としていれば大丈夫。病気っぽくふるまう必要はないんですよ──というメッセージだ。

「派手なウイッグをつけてみるなど、ふだんは絶対しないおしゃれに挑戦する絶好のチャンスととらえて楽しむ人もいます。もちろん、これまでどおりの生活を送るもよし。決まりはありません。治療のときだけパートタイムで患者に徹し、それ以外のときは自分らしく生きていきましょう」(同)

週刊朝日  2014年8月22日号より抜粋